ときメモGS

□初めて触れた君の唇
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バイトがない日は、学校帰りに雪と喫茶店へ寄るのが日課になっていた。
いつも利用している喫茶店は、俺や雪以外のはば学生もいて、それぞれ会話を楽しんでいたり、勉強をしたりしていた。

注文したコーヒーが来ると俺は、砂糖とミルクを入れずにそのままブラックで飲む。
雪は温かい紅茶に砂糖とミルクを入れていた。
コーヒーの香ばしい匂いと苦みが、眠気でぼーっとしていた頭をスッキリさせてくれる。
俺がコーヒーを飲んでいると雪がじっと見ている事に気づく。

「どうした?」

「葉月くんが注文したコーヒー、少しだけ味見しても良い?」

「……別に構わない」

「ありがとう。いただきます」

雪は両手で俺のカップを受け取るとふうーっと息を吹きかけ、コーヒーを一口だけ飲む。
コーヒーを飲んだ後に雪は、渋い表情を浮かべた。

「う〜ん」

「どうした?」

「やっぱり私にはコーヒーの美味しさがまだ分からないな」

「コーヒー苦手なのか?」

雪は喫茶店アルカードでバイトをしている。
そういえば彼女がコーヒーを飲んでいるところを見たことがなかった。
こうやって何度かお茶をする事があったが、雪はいつも紅茶を頼んでいた。

「うん。コーヒーの匂いは好きなんだけどね。苦いのが苦手で……砂糖やミルクを入れても駄目なの」

「苦手なのにどうしてコーヒーを飲もうと思ったんだ?」

俺だったら、苦手な生野菜を自分から食べようとしない。
雪にお願いされない限りは……。

「葉月くんの好きな物に興味があるからかな。好きな人の好きなものを自分も好きなれたら、もっと仲良くなれるような気がしない?」

「コーヒーありがとね」と笑って、雪は俺にカップを返してくる。
俺はさっきの雪の言葉を聞いて、心臓が跳ね上がった。

落ち着け、俺。雪の言葉に深い意味はないはずだ。
でも、それでも期待してしまう。

「好きな人。雪、それって……」

「でも、自分の苦手な物をすぐに好きになるのは難しいよね。毎日飲み続けていたら、好きになれるのかな」

「……別に無理して他人に合わせる事はないだろう。お前はそのままで良い」

話を遮られてしまい、雪に好きな奴がいるのか。それが誰なのか聞く事ができなかった。

やっぱりあの言葉に深い意味はなかったんだろう。少し残念に思う。

「なぁ、お前が飲んでいる紅茶、少し味見しても良いか?」

「うん、良いよ。どうぞ」

「サンキュ」

惚れた弱みなのか、最近の俺は雪の言動によく振り回されているような気がする。
雪の思わせぶりな態度に一喜一憂して疲れる事はあるけど、それでも嫌いにはなれない。
でも、俺だけが雪の事を意識しているのが少し面白くない。

雪が頼んだミルクティーを口に含む。
豊かな茶葉の良い香りがして、ほんのりした甘さとミルクの味がする。
甘い……でも、雪はこの甘い紅茶が好きなんだ。
今度、家デートに誘う時に雪好みの紅茶を淹れられるように、味を憶えておこう。

「……俺には少し甘いけど、美味いな」

「うん。私、飲み物の中でミルクティーが一番好きなの」

ミルクティーが入ったカップを雪の所に戻す。

回し飲みをしたら、他人が口つけたところをティッシュとかで拭くか、口をつけられた個所を避けて飲むのが普通だろう。

しかし、雪はカップの縁を拭くことなく、俺が口付けた個所に唇を当て、そのまま紅茶を飲んだ。

「……お前」

「どうしたの?」

今、間接キスしたよな。
恋人ではない男が口にしたものを普通に飲めるんだな。

「さっきみたいな事、他の奴らにもしているのか?」

「さっきみたいな事って?」

「回し飲み。よくやるのか?」

「奈津実ちゃんとか仲の良い女の子とはたまに回し飲みはするけど……あ、あと尽ともやるよ」

俺は弟の尽と同列なのか?
軽くへこんでいると雪が申し訳なさそうな顔をする。

「葉月くん、ごめんね。もしかして回し飲み、嫌だった?」

他の奴が口つけた物なら絶対嫌だけど、雪が口つけた物なら嫌じゃない。

「雪……俺以外の男とはするなよ。回し飲み」

「そうだよね。回し飲みが苦手な人もいるから、やらない方がいいよね。気を付けるね」

「……鈍感」

「えっ?」

直接ではないとはいえ、雪の唇が触れた物に他の男の唇が当てられるのは良い気分はしない。

雪が一口飲んだコーヒーを見る。

彼女が俺の事をどう想っているのかわからないけど、俺が口つけた飲み物を嫌がらずに飲んでいたから、嫌われてはいないと思う事にした。

冷静を装いながら、雪が口つけた個所に恐る恐る自分の唇をくっつけてコーヒーを飲む。

いつも飲んでいるコーヒーなのに今日のコーヒーはいつもより美味しく感じた。

END
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