信浜
□痕
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「頭、気を付けてね」
「分かってるって」
小さな体でも、意外と重い。
その重さに幸福を感じて、表情が緩む。
嬉しそうに微笑む夫の横顔に安心しながら、浜路も口角を上げ微笑んだ。
浜路が愛しい男と再会する前、義姉の営む一善飯屋で看板娘として働いていたころ、
やることがない時、冥土の所に字を習いに行ったはずが、甘いものを食べにいったり、
着物を仕立てに行ったりと(もちろん船虫や冥土と)
山奥で鉄砲かついで猪や熊などを狩っていたころとは違って、
年相応の娘らしくなったが、それでも密かな楽しみは船虫と道節のややこの面倒を見ることだった。
それだけではない。
河原長屋に住んでいる東太や、たまぁに会う深川一座の八房役の子供など、とにかく子供と一緒に遊ぶことが楽しくて仕方なかった。
一度とならず数度、夜布団に包まりながら、もし、自分と彼との間に、と考えてしまうこともあり、そのたびに顔を真っ赤にして、自分は一体何を考えているんだと、わたわたと騒がしく狼狽えた。
もし、それができたらどんなに嬉しいか…。
その考えを持っていたのは自分だけではなかったらしい。
信乃自身も、自分が誰かを愛し、愛され、夫となり子を設けることができたことは、これ以上ないほどの幸せだった。
その願いは胸に奥深く眠らせたはずだったのだが、まさか実現できるとは夢にも思っていなかったのだ。
彼はいつだって、自分が誰かを愛したところで、そのものを守る力も、心も持たないと、
迷惑をかけてしまうと思い込んでいたからだ。
彼女と出会うまでは。
「ん…あぁ……」
父の腕に抱かれたややが、小さな泣き声を上げる。
「え…!?あ…おい、泣いちまったぞ、俺なんかしちまったかな」
狼狽える信乃の腕からややを受け取ると、甥っ子にしていたように、よし、よし、とあやした。
ぼぉっとこちらを見つめる信乃に、少し寝たら、まだ一睡もしてないんでしょう、と問うてみようと思ったのだが、だがそれは夫の一言に遮られた。
「……ありがとな」
しみじみと呟く信乃に多少照れは感じたが、「こちらこそ」と少し間をあけて返した。
今はただ、ゆったりと流れる幸せな時間に身を任せた。