信浜
□紅
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「んーー…どうしようかな…」
年が明けて早々、浜路は悩みを抱え
ていた。
様子がおかしいと信乃が気づいたのはすぐのことだった。
何か悩みでもあるのかと、信乃は一度浜路に問うたことがある。
だが浜路は気にしないでと優しい笑顔で。
結局のところ、答えてはくれないのだ。
悩みがあるなら話せばいいのに。
信乃が心をさらに悩ませていくのに、それほど時間はかからなかった。
翌日信乃は演技などではなく(もちろん役者をしていた頃もあったから演技など朝飯前だったが)本当に心配しているんだと訴えるような目で浜路にもう一度問うてみた。
「なあ浜路よ。おまえさん最近ぼんやりしてることが多いぜ?何か悩み事でもあるのかい?それとも俺如きに話せるようなことじゃないのかい?」
信乃の真剣な顔に浜路は一瞬戸惑ったが、自分を心配してくれる信乃に嬉しさや愛しさを感じて少し緊張しながらも口を開いた。
「あ…あのね、これなんだけど」
「なんだいこりゃあ」
「開けてみて」
浜路の掌には一つの貝殻。
信乃の細く白い指がそれを開くと、中には赤いロウのような、ロウにしては滑らかなものが入っている。
当然それは信乃にとって見慣れたものだった。
「紅じゃねえか。いってぇどこで手に入れたんだい?」
「…あのね、村の女の人がくれたの。女なんだから紅の一つや二つもっていなきゃって。きっと似合うよって…。それでくれたんだけど…」
ふーん、と曖昧に返事をした信乃だがすぐに、ん?と首を傾げた。
「まさかそんなことで悩んでいたのかい?」
「…うん」
「なんだよ、最近なにか考え事でもしているようだったがそんな事だったのかよ」
呆れたように言っていたが内心信乃はほっとしていた。
「心配させんな…。いいじゃねえか、つけてみろよ」
「むッむりだよッ!!こんなの絶対に合わないよ!」
こんなの絶対似合わない。
確か初めて着物をかってやった時もそんなこと言ってたっけな。ああ、おまえさんはいつもそうだ。
もっと自分の気持ちに素直になって、いろいろと身に着けてみりゃあいいじゃねえか。
おまえさんは女なんだ。
おまけに顔は可愛らしいときた。
信乃は問うような目で浜路を見つめた。
あのときだって春らしい桃色の着物を着てそれはそれは可愛らしい姿だっただろ。
「試しに一回つけてみろよ。きっと似合う。それにくれた人に申し訳ないだろうがよ」
「やっぱり、そうだよね…」
ようやくつける気になったのか、浜路は貝殻の中の紅を指にすい、とつけた。
「…やっぱり信乃がやって!信乃のほうが似合うよ!!」
「何で俺がやらねえといけねぇんだよッ。ちょいと貸しな。つけてやるから」
今まで幾度か口づけてきた唇に、自らの指で色づける。
浜路の愛らしい唇に赤がのる。
できたぞ、と声をかけると浜路は目を開いた。
「……どう?」
「似合ってる」
「ほ、ほんと?よかったぁ」
安堵したように、それはそれは嬉しそうに頬を染めるから。
これまた可愛くてそのまま抱き寄せてしまった。
その後、買い出しに行く予定だったから浜路は、恥かしいから、と言って化粧を落としてしまうのに信乃は少々がっかりした。
信乃が自分の服に、浜路を抱きしめてしまった時についてしまったであろう口紅の跡に気づくのはあと数分後。