佐鳥姫の憂鬱
□佐鳥姫の憂鬱 第1章
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____斜め前にはいつもあなたがいた。
毎朝始発駅から通学で利用する電車に乗り込む。乗客もまばらで、私はいつも決まって二人がけの席がある二号車の端に座る。
高校までは八駅。電車が出発して二駅目、決まって同じドアから乗車する青年が、私の斜め前に立つ。
青年はスーツを着ていたが、会社勤めするサラリーマンのようには見えなかった。
ネクタイを締めず、胸元を開けているからそう思ったのかもしれないが、彼の周りには車内のサラリーマンとはどことなく違う哀愁が漂っていた。
さらさらのショートヘアはナチュラルで、前髪はまつげにかかるぐらい長い。わざと目元を隠しているようにも見える。
人と目を合わせるのが嫌いなのかもしれないとふと思う。その実、私は何度となく隣の席を彼に勧めようと視線を送ったが、一度として目が合ったことはない。
だから私の隣の席は彼が前に立つことによってたいてい誰も座らない。
通勤通学の時間帯でも満員電車にならない静かな電車は、ガタンッガタンッと規則正しい音を車内に響かせながら私たちを都会へと運ぶ。
彼は五駅目で下車する。大きな住宅地が近くにあるこの駅は、人の出入りも激しくて、またたく間に満員電車となる。