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□薄明かりローズウッド
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あぁ、今日も死ねなかった。
彼は、三郎次は今日も私を生かした。
どうして何時も邪魔をするの。私は早く死にたいのに。早く解放されたいのに。
そう願って何時も凶器に手を伸ばすのに、三郎次は簡単に私から奪い取ってしまう。
でも私はその時、膨大な喪失感を感じるのと共にとてつもない安堵感に包まれてしまう。
ーー死にたい。誰よりもそう願っているくせに、誰よりも生への執着心が強いのだ。
だから私は狡い。心の奥底ではまだ生に囚われているのに、毎日、生を絶とうとしている。三郎次が止めてくれるのを理解しているから。
結局は死にたいなんて言って逃げているだけ。私は狡い。
でも、どうしようもなく死にたくなるのも確かなのだ。
「今日も死ねなかったわ」
「…………望美」
「ふふ、明日は死ねるかなぁ」
「もう、やめてよ!!望美!!」
荒いやまぶ鬼の声が部屋中にこだまする。
その高い声が頭の中でキンキンと響いて、微かに感じる痛みに私は眉を潜めた。
そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえているのに。
「ねぇ、どうして、どうして死のうとするの。お願いだから、いなくならないで」
やまぶ鬼がその大きな瞳からポロポロ涙を流す。
とても綺麗に泣くのね、やまぶ鬼。貴女から流れ出る涙はとっても綺麗。真珠のようだわ。汚れを知らない美しい雫。
私はもう、そんなに綺麗には泣けない。
「やまぶ鬼、あんたって本当に可愛いね」
「はぐらかさないでよ!!!!今、そんな話してないでしょ!!」
まるで狂信者と会話している気分だろうか。
為すすべもなく、本当に困り果てた表情で苦しそうにやまぶ鬼は私を見つめていた。
小柄で可愛くて優しい私の親友。
きっと本気で私のことを心配している。いつ私が死んでしまうのかと気が気じゃないはずだ。
いつかノイローゼになってしまうんじゃないだろうか。
「私だけじゃないわ、川西たちだって、おシゲちゃんたちだって、望美のこと心配してるのよ」
やまぶ鬼が私の両手を掬いあげる。
普段の彼女からは想像できない程の強い力に少し驚く。
あぁ、これが体操部の底力。可愛い顔して、流石全国大会出場するだけの実力はあるのね。
「みんな待ってるよ、望美が来るの」
「………学校には行かないよ」
「望美っ!!!!!!」
「行かない」
行けない、
そう呟いた私の表情を見て、やまぶ鬼は息を呑んだ。
これ以上何を言っても無駄だと思ったのだろうか。やまぶ鬼は口を噤んで大人しくなった。
ごめんね、やまぶ鬼。そんな顔させたいわけじゃないの。
貴方にはいつも笑っていて欲しい。私の代わりに、ずっと。
でも、ごめんね、学校には行けない。
行っていいはずがないのよ。
あんな事が、あのような出来事があったのに、行けるはずがない。
私がーーーーーーのに!!!!
あぁ、思い出したくもない、でも、忘れてはいけない、絶対に。
でもそんなの辛い、辛すぎる。だから、死にたい、死にたいの。
何もかも忘れて、解放されたい。楽になりたいの。
「ねぇ、やまぶ鬼、死にたいよ」
「望美………」
「でも、きっと明日も死ねない。三郎次が止めるから」
「………望美?」
「いっつもあとギリギリのところで、三郎次は止めるの、だから死ねないわ」
「ね、………な、何言ってるの?、望美?」
今までにないように困惑した表情でやまぶ鬼が私を擬視する。
何を言っているのか理解できない、と言わんばかりだった。
慌てたように先程まで握っていた両手に力を込めた。相当、焦っているようだった。
「どうしちゃったの、望美、疲れてるの、ねぇ」
「どうしたの、やまぶ鬼。そんなに慌てて」
「どうかしたのは望美でしょ?
さ、三郎次がどうのこうのって」
「そうなのよ、三郎次のせいで私、死ねないの」
「望美っ、」
「昨日もね、カッターでね、死のうとしたの。でも三郎次が取り上げちゃって、あと少しだったのに。返してっていっても返してくれないの。死なせてけれないのよ」
「望美っ!!!!!!」
悲鳴のような、よくわからない悲痛な叫びが聞こえた。やまぶ鬼のものだった。
いきなり叫ぶなんて、やまぶ鬼ったら一体どうしたんだろう。
彼女の顔を見つめると、先程以上に大きな雫を瞳一杯に溜めていた。
それは彼女が肩を震わせる度にボロりと音をたてそうな勢いで零れた。
「望美、しっかりしてよ!!!どうしちゃったの、ねえ、」
「やまぶ鬼?」
「一度、一緒に病院に行こう?疲れてるんだよ、そう、疲れてるのよ、絶対」
「病院?でも、三郎次がーー」
「いい加減にして!!!!!!」
涙やらなにやらでやまぶ鬼の顔はぐちゃぐちゃだった。
何をそんなに怒っているの、怒鳴らなくたっていいじゃない。やまぶ鬼、本当にノイローゼになっちゃったのかな。
心配になって彼女の顔をのぞき込むと、眼鏡のレンズ越しにやまぶ鬼と目が合う。
その目は遥かに強い光を放っていた。
何故か胸がざわついた。
やまぶ鬼がゆっくりと口を開く。
「望美、三郎次はもういないじゃない」
To an important friend
(大切な友達へ)
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