僕等の嘘つきHONEY

□泣き虫
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「私ね、きり丸のこと嫌い」
「は?」


何の前触れもなく、いきなり言ったので、きり丸は安売りのチラシを読んでいた目を私に向けた。
あの表情はあきらかに、は?こいつ何言ってたんだ?という顔だ。
おもむろに眉を潜めるが、私は無視して続けた。


「だってさ、ドケチだし、我儘だし、意地悪だし、ドケチだし、冷たいし、ドケチだし」
「ドケチばっかりじゃねーか」


だって現にそうでしょ、安売り、特売のチラシなんか見て。男子高校生がすることには到底みえないじゃない。
溜息をついて、床に散らばっているチラシを拾いあげる。


「別にいいだろ。趣味なんだから」
「随分と主婦らしい趣味だこと」


意味あり気に私が言ったので、きり丸は、何が言いたいんだよ、と仏頂面で言い放った。
その仏頂面が結構、怖くて内心少し半泣き状態になるが、そんな心中を知られたくなくて、強気になって言い返す。


「だってきり丸、本当にドケチなんだもん、嫌になっちゃう」


発言した後にマズイ、と思った。
かなり爆弾発言をしてしまったかもしれない。いや、してしまった。
きり丸は本当に根っからのドケチで、それは彼の生きてきた環境から至って仕方がない、と言わざるおえない。
けれども彼は彼なりにそのドケチというものに誇りがあるらしく、今の私の発言は今までの彼を否定したといえるものだった。


「・・・あのなぁ」


あ、めちゃくちゃ怒っていられる。
きり丸の声がかなり怒りを孕んでいらっしゃったので私はビビりまくって涙目になりながら身構えた。


「好き勝手言うけど、俺から言わせてもらえばお前だって我儘だし、散財するし、たまったもんじゃねぇよ」


相当腹が立ったのだろう。
一言、一言に刺が含まれており、もともと鋭い目をより吊り上げて私を見据えた。

けれども人というものは矛盾しているもので、他人ことはとやかく言うくせに自分のことを言われるとそれはもう、腹が立つ。
私も例外ではなく、きり丸の言葉に怒りを覚えた。


「そこまで言わなくたっていいじゃない」
「先に喧嘩売ったのはお前じゃねぇか、それに嫌いってそんな俺と付き合いたいって言ったのはお前だろ」


そう。確かに交際を申し込んだのは私。
でも彼の物言いが何かと上から目線に思えて、私ばっかりが彼のことを好きみたいで、抑えきれなくなり、大声を出してしまった。


「だから嫌いになった、って言ってるでしょ!!!!!」
「じゃあ、別れるか?」


私が叫び終えるのと同時にきり丸が興奮したような口調で言い放った。



別れる?



一瞬、何を言われたのか理解できなくて硬直する。
別れる、いま別れるって言ったの?
きり丸は私と別れたいの?私のこと嫌いになったの・・・?


涙が沢山溜まって目の前が霞む。
自分から試すように"別れたい"と言おうとしたくせにきり丸本人からその言葉を言われると、とても悲しくて胸が痛かった。
本当は自分に自信がなかっただけなのだ。
好きになったのも、告白したのも私から。ドケチなきり丸はお金を使うことを好まないのでデートに誘うのも私から。

愛されてる自信がなくて、不安だった。
だからもし嫌い、別れたいと言ったら彼は驚いてくれるだろうか、別れたくない、好きだ、とかそんな台詞を言ってくれるのではないだろうか、
なんて淡い期待をしていたのに。

彼はこうも簡単に別れをきりだしたのだ。


我慢できなくなって、大粒の涙が次々と溢れでた。
声を出さないよう、抑えたけれども嗚咽が止まらない。


「お、おま、お前、な、なん、泣い」


泣いてる私をみて、きり丸はギョッとした表情をする。
その目にはあきらかに動揺していた。
どうしたらいいかわからない、そんな感じに。


「、き、きり丸は、私、のこ、と、っき、嫌いになったの、」


興奮して上手く喋れなくて途切れ途切れに、どうして、と尋ねる。
きり丸は今までに見たこともないくらいに混乱していて、目線を泳がせる。
まさか私が泣くなんて思ってもいなかったのだろうか。


「っ、え、おま、なん、」
「嫌、別れたく、ない、嫌」
「わ、わか、わかった、わかったから、泣き止んでくれ」
「私が悪かったから、別れる、なんて、い、言わないで」
「わかった、わかったって、落ち着けよ」
「別れたくないよぉ、わ、私、こんなにきり丸のことが、好き、なのに、」
「っ!!!!!」
「・・・・・嫌わないで」


言い終わらないうちに強い力で引き寄せられ、そのままきり丸の胸に抱きしめられた。


「っ、き、きり丸?」


彼がこんなことをするなんて信じられなくて驚きのあまりに先程まで溢れていた涙が嘘のように止まった。
私の肩に顔を埋めており、私からは彼の表情が伺えない。


「ごめん」
「きり丸?」
「ごめん、言い過ぎた」
「なんできり丸が謝るの?悪いのは私なのに・・・」
「俺、色々と恋愛とか、疎いから、お前の望みとか、わかんねぇし、千香に不安な思いさせてたと思う」
「そ、そんな」
「本当にごめんな、反省する。・・・・・だから、嫌いとか別れるなんて言わないでくれ、俺、自分で思っている以上に千香のこと好きなんだ」


好き。この言葉をどれほど待ち望んできたことだろう。
片思いしていた時からずっと欲していた言葉。
止まっていた筈の涙がまたドッと溢れだした。


「な、な、なんで泣くんだよ、」
「だ、だって、嬉しくて」


私が泣きだしたことにより、また慌てるきり丸。
彼がここまで言ってくれたのだ。私も謝らなくてはならない。


「ごめんなさい、嫌い、っていうのは嘘なの」
「嘘?」
「うん、きり丸の気持ちを確かめたくて。試すようなことしてごめん」
「・・・・そのためにそんな嘘つくとか、お前、可愛いやつだな」
「か、かわ、可愛い!?」
「可愛いから許してやる」


予想外の返事が返ってきて顔中が赤くなるのがわかった。


あ、でも 、と言いかけてきり丸は悪戯に微笑む。
開いた口から八重歯が顔を覗かせる。




「俺に嘘ついた、っていうのは高いぜ?」




何故かと嫌な予感がして冷や汗が流れる。

「え、ちょ、彼女からお金とるの!?」
「誰も金を払え、なんて言ってないだろ」
「え、じ、じゃあ、・・・・っは、ま、さ、か」
「コッチでたっぷり払ってくれよ?」



そんな!!??
言葉こと飲み込まれ、有無を言わせずに私達はソファに倒れ込んだ。


あぁ、夜は永い。


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