僕等の嘘つきHONEY

□馬鹿
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「庄ちゃん」


呼びかけると彼は何時だって必ず私が大好きな笑顔で微笑んで振り返ってくれる。
ほら、今回だって。
何、千香、と言って笑顔を見せてくれる。 その度に私は幸せを噛み締める。


でも、でもねちょっと物足りないの。
いつも優しい笑顔を私だけに向けてくれる庄ちゃんは大好きなんだけれど、やっぱりそれだけでは物足りない。
偶には彼のもっと他の表情が見たいの。
例えばほら、焦っている表情とか。


「あのね庄ちゃん、私、庄ちゃんと別れたいの」


ドキドキしながら言った。
彼は今、どんな表情をしているのだろう。
驚いた表情?呆気にとられた表情?それとも怒りに満ちた表情?

いつ、どんな時でも冷静な庄ちゃんでも流石に今はお得意のポーカーフェイスを崩しているのではないだろうか。
胸に期待を膨らませて彼の返事を待つ。

しかし彼の反応は私の期待を思いもよらない形で裏切った。


「へぇ、奇遇だね。僕もそろそろ潮時かな、って思ってたところなんだ」


「・・・・・・・・え?」


私の聞き間違いだろうか。それとも私の耳が故障したのだろうか。
なんかとっても奇天烈な発言を聞いたような・・・?


「え、し、庄ちゃん、今、なんて」
「え?だから別れようって話じゃなかったけ?」


私の耳は正常だった。
思いがけない庄ちゃんの言葉に頭が一気に混乱する。
こんなあっさり、サラっと別れるとか言います?え?


「・・・・・し、庄ちゃん、私と別れたいの?」
「うん、もういいかな、って千香もそう思ってたから別れようなんて言ったんだろう?」


あまりに調子を変えずに淡々と話すので私は凄く悲しくなった。
そんな。もういいって、そんな飽きたみたいに言わなくてもいいじゃない。
私は庄ちゃんの彼女になれて本当に嬉しかったのに。世界一幸せな女の子だ、って思ってたのに。
庄ちゃんは違ったの?


「・・・・庄ちゃん、私のこと嫌いになったの?」
「うん」


即答だった。
庄ちゃんの言葉が受け止めきれなくて、それは涙という形で溢れだした。
その量はあまりにも多過ぎて、私の頬をつたう。
庄ちゃんに好かれてない。
この事実が何よりも辛かった。
私はまだ、こんなにも庄ちゃんのことが好きなのに。


「そんな、私は庄ちゃんのこと好きなのに」
「うん。僕も好きだよ」




「・・・・・・・ん?」



あれ?ショック過ぎて本当に耳が故障したのかしら。
とても私にとって都合の良いことが聞こえたような。あれ?もしかして知らないうちに勝手に現実逃避でもしてる?
もう末期状態?


「え、しょ、庄ちゃん、も、もう一回言ってもらっても」
「うん。だから僕も千香のこと好きだよ」
「何ですと」


先程と言っていることが一転して、私のことを好きだと言う。
もう何が何だかわからなくなった。
庄ちゃん、勉強のし過ぎで頭おかしくなっちゃったのかな?


「え、だって、さっき別れる、嫌いって」
「嘘だよ」
「嘘!!??」
「だって僕と別れたいとか、あまりにも千香が馬鹿なこと言うから、つい、意地悪したくなっちゃって」
「なっちゃって、って・・・」



始めからまったく顔色を変えずに淡々としている。
眉一つ動かさない。
もう、庄ちゃんたら相変わらず冷静ね!!!


「え、じゃあ、別れない?嫌いって言ったのも嘘?」
「当たり前だよ。僕が千香のことを嫌いになるなんて有り得ないよ。いくら馬鹿な千香が馬鹿なことを言ったって僕は別れるつもりも離すつもりもないよ」
「ちょ、馬鹿連呼しすぎ」


「千香は?僕と別れたい?」


私の言葉を遮って庄ちゃんが真面目な顔で私を見つめる。


「ううん、別れたくない。庄ちゃんが好き」


言い終わるのと同時に後ろから庄ちゃんが私を抱き込んだ。
自分より大きい身体に包まれて、私の身体は庄ちゃんの腕にすっぽりと収まった。
庄ちゃんが背中に顔を埋めるのでくすぐったい。


「でもね、千香、気分が良くならないからもう別れたいなんて、言わないで欲しいな」


いつもより調子の低い言い方にあれ、と不審点を感じる。
え、もしかして、庄ちゃん、不安になってるの?
あの冷静、冷徹な庄ちゃんが?

信じられない。
けれども、だとしたら、それは少なからず私にとっては嬉しいことだった。
私のことを考えてくれてる。


「わかった。もう、庄ちゃんに嘘はつかない」
「ありがとう、そうしてくれると嬉しいな」


きっと皆に冷静って言われている庄ちゃんをこんなふうにできるのは世界で私だけなんだろう。
そう思うと思わず頬が緩む。
私だけの特権。


「何笑ってるの」
「ううん。別に」
「変な千香」
「庄ちゃん」
「何?」
「大好き」


そう言うと抱きしめられている力がより一層強くなった。
後ろから、あんまり可愛いことを言わないでくれるかな、なんて聞こえる。


「僕は愛してるよ」



彼の甘い囁きと共に訪れた熱はそっと唇に落とされた。


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