僕等の嘘つきHONEY

□不器用
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伊助と一緒に生活してるとね、なんだか私、情けなくなるの。
だって、伊助は何でもソツなくこなしてしまうでしょう?
部屋の掃除が一人でできない私のために時間をつくって一緒に掃除してくれたり、私の健康を心配してお弁当をつくってくれたり、体操着のゼッケンを着けてくれたり。まるでお母さんみたい。
・・・・はいはい、お母さんじゃないですよね、もう、そんな過敏に反応しなくてもいいのに。
でもね、数えればキリがないほど伊助に色々なことしてもらってると思うの。
しかも伊助はそれらを恩着せかましくしてるんじゃなくて、私のためにやってくれるじゃない?
だから私もつい好意に甘えちゃうの。

でも私、それじゃあ駄目だって気づいたの。
いつまで伊助に頼っていては駄目だって。
このままじゃ私、何もできないままだわ。何一つできない女になってしまう。
けれども伊助と一緒にいたらどうしても頼ってしまうから。
だから、


別れてくれない?



「・・・・・嫌だ、って言ったら?」


エプロン姿の伊助がフライパンを片手に振り返る。
家庭科室で伊助は私のためにお菓子を作ってくれていた。
私が別れをきりだしたことによって、彼は調理を一時中断して私の隣の椅子に腰掛ける。
彼が隣に座るとほのかに甘いチョコレートの匂いがする。
作ってくれていたのはチョコレートなのかしら。それともそれをつかったお菓子なのか。


「それは困る」


そう言って眉を潜めると伊助も同様に眉を潜めた。
困ったような、呆れたような、そんな顔。


「僕と別れて、本当に一人で全部できるようになるの?」


困ったように笑って、伊助はエプロンを外した。


「できるよ・・・・・多分」


語尾が弱々しくなる、そんな私をみて伊助は益々、笑顔になる。
その笑顔が何故か憎い。まるでお前には僕がいないと駄目だな、と言ってるようで。


「へぇ、千香が部屋の掃除とかするんだ?一人で。想像できないな」
「できるよ!!!」


馬鹿にされたようで少しムッとした。
確かに今まで一人で何かをやる、なんて機会はあまりなかった。
私は本当に不器用で部屋の掃除は勿論、女子としての嗜みがまるっきりないのだ。
基本、他人任せだったところが多々ある。
伊助は優しいから文句一つ言わない・・・・と言ったら嘘になるけれど、殆ど言わずに私に尽くしてくれる。普通は逆なはずなんだけれど。
だからこのままじゃ駄目なの、という尤もらしい理由で嘘をつく。
本当は別れたいなんて、思ってない。
けれども試したくなったのだ。当たり前のように私のお母さん(?)してるけど、本当にこのままでいいのか。
困っている人を放っていけない、そんな伊助だから、ただ私の未来が心配で一緒にいてくれてるんじゃないのだろうか。
だとしたら、伊助には申し訳ない。
私は今でも伊助のことが好きだけど、伊助が私を心配して一緒にいるだけなのであれば、彼を解放してあげなくてはいけない、と思ったのだ。


だから、今、選択肢をあげたの。
今このまま了承してくれたら私、潔く別れてあげる。
伊助のこと大好きだけど、だからこそ貴方の重荷になりたくない。


「無理だよ」


ポツン、と伊助が呟いた。
私はそこまで信用されてないのかしら、と思い、だからできるって言ってるでしょ、馬鹿にしないで掃除くらい私だってできる、と言い返した。
そしたら伊助は、違う、違うよ、そういう意味で言ったんじゃないんだ、と誤解を解こうとする。


「違うんだ、僕が無理なんだよ」
「・・・・どういうこと?」


伊助が何を言おうとしているのか、わからなくて尋ねる。
そんな寂しそうな顔をしてどうしたの、何が言いたいの。


「千香のことがまだ好きなのにどうして別れなくちゃいけないの」


私の頬を撫でながら伊助が弱々しく言う。
伊助を解放してあげようと思ったのにどうしてそんな顔するの。
どうせ、と伊助は続けた。


「どうせ千香のことだから自分が僕の重荷になる、とか考えてたんだろ」
「・・・・伊助は何でもお見通しなんだね」
「当たり前だろ、千香のこと好きなんだから」


そうやって真っ直ぐに見つめられると目を背けたくなる。
伊助はいつだって真正面からぶつかってくる。
私にみたいに遠回しな面倒くさいやり方はしない。


「千香は不器用過ぎるんだよ。僕が好きでもないのに世話を焼いてるとでも思ってたの?
悪いけど好きでもない子の世話をするほど僕もお人好しじゃないんでね」


でも、


「そんな不器用な千香だから僕は好きなんだよ。別れるなんて、僕には無理、できないよ。
頼られないと、甘えられないと淋しい、物足りないんだ。僕はもう千香じゃないと駄目なんだよ」


握られた手が、伝わる温度が、伊助に篭る熱が、全てが熱い。
私が伊助を必要としてるように、伊助も私のことを必要としてくれている、こんなに嬉しいことはない。


「・・・・じゃあ、これからも伊助に頼っちゃうよ?」
「うん、頼ってよ」
「本当にいいの?」
「勿論。言っただろ?淋しいって」
「・・・・・伊助のせいでお嫁にいけないかも」


「何言ってんの、千香は僕の奥さんになるんだから、そんなこと気にしなくてもいいだろ」


当然のことのように伊助が言った。
なら私の未来は安心ね、と呟いてみる。
でも伊助の方がお嫁さんという言葉にしっくり当てはまったなんて思ったのは内緒です。



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