僕等の嘘つきHONEY

□沈着
1ページ/1ページ



「団ぞ「なんだー?」
「速っ、来るの超速っ」


光陰は矢の如く過ぎ去る。
とはよく言ったもので、光の如く現れた目の前の男に驚きが隠せない。

いや、ちょっと待てよ?この人、さっきまで廊下にいましたよね?移動速くないですか。まだ名前呼び終わってないんですけどね。


「なんだ?なんか用か?」


仔犬みたいに、目を輝かせる彼に多少引き腰になってしまう。
まるで命令を待っている忠犬のようだ。こんな彼に今から別れ話をしようというものだから少し気が引けた。
例え嘘だとしても。


「・・・・団蔵、あのさ」
「なんだっ!?」

「い、言いたいことがあるんだけど」


口篭りながら言うと彼は活気溢れながら返事をした。
その笑顔を今から曇らせると考えると罪悪感が募る。でもやると決めたからにはやる。



「・・・・私、団蔵のこと好きじゃなくなったの」



勇気を出して言い切った、と達成感を感じたのと同時に彼の反応を伺うために恐る恐る顔を上げる。

しかし予想を反し彼は一瞬、キョトン、とした表情を見せて笑ったのだ。


「わかってるって」

「は?」


彼が何を言っているのか全く解らなかった。何が、わかっている、のか。
目の前の男はなにやら照れた様子で告白前の女子生徒のようにモジモジしている。
そんな彼から発せられた言葉は耳を疑うものだった。






「わかっているって・・・・・・好きじゃなくて、愛してる、だろ?」






え、何、コイツ・・・・・・


面倒くさい・・・



「ま、全く、お前も恥ずかしい奴だなっ!!そんな、あ、ああああ愛してるなんてよっ!!!!」


顔を真っ赤にしてキャーキャー騒ぐ団蔵。
いや、お前の頭の中の方が恥ずかしいよ。私、愛してるなんて一言も言ってませんけどね?
どうやったらそんなおめでたい思考に辿り着くんでしょうかね。改めて自分の彼氏がどうしようもない馬鹿だと思い知らされた。


「団蔵、私の話聞いてた?」

「おう、お前が俺のことを好き過ぎるってことだろ?」

「うん、全然聞いてねぇな」


駄目だコイツ。色々終わってやがる。
年中調子乗ってるコイツにちょっと痛い目見せてやろうと思ったのに、逆に喜ばせてしまった。勘違いもいいところだ。

そんな彼の様子に私は非常に苛ついていた。コイツは物事を自分の頭の中で良いように解釈する癖がある。
そのせいで私は過去にどれほど苦労したことか。思い出しても腹が立つ。


私は思ったことがすぐ顔に出るタイプの人間なので、団蔵はすぐに私の異変に気づいた。


「あれ、千香、もしかして怒ってるか?」

「へぇ、馬鹿な団蔵でもそれは解るんだ」


私の発言で、怒っていることを確信した彼は急に尻尾を下げた仔犬のように眉を下げた。
悪い、確かに彼がポツリとそう言ったのでやっと気付いたのかと思ったら。


「悪い、お前が大事にとっていた限定版のプリン食っちまって」

「おい、初耳だぞゴラ」

「え?じゃあ、潮江先輩に千香が、今日もギンギン!!潮江文次郎35歳、って言ってたって告げ口したこと怒ってんのか?」

「よーし表でろ、この野郎」


コイツ、知らないうちに色々余計なことしやがって。あの限定版のプリン、私がどんなに楽しみにとっておいたと思ってんの?マジで許さんぞ。
しかも潮江先輩に何言ってんの?そんなこと言ったら私逮捕されますよね。
あの人、警察官だから逮捕されますよね。絶対怒ってますよ。目元の隈がより一層濃くなってますよね。


「団蔵、お前マジで許さんぞ」

「え?なんで?あ、さては嫉妬したな?俺が潮江先輩の話なんてしたから。二人で居るんだから他の人の話は止めてってギャァアアア、ちょ、痛い、千香さん?い、骨、折れ、ギャァァア」


コイツ、マジで死んでくれないかな。
もう怒りを通り越して呆れるしかない。
本当、そういう自意識過剰なところどうにかしてほしい。あの平先輩といい勝負じゃないの?


「ちょ、千香、本当に、し、死ぬ、」

「死んでしまえ」

「え、ちょ、待っ、アッーー!!!」


最後に綺麗に技を決めて、私は団蔵(の原形はもうない何か)から手を離した。
こんなものでは私の怒りはまだ収まらない。団蔵にハーゲン○ッツ30個奢らさせてやる。プリンの恨みを晴らすには倍返し以上ではないと気が済まない。

よく覚えておくんだな、私を怒らせるとどんな目に逢うか。

少しスッキリしたので、その場から離れようとすると、虫の息の団蔵がゆっくりと起き上がった。


「ちょ、待っ、」

「うわ、まだ生きてた」


貞子のように床に這いつくばって近寄ってくる姿に若干の恐怖を覚えた。
気持ち悪いから近づかないでほしい。


「ちょ、お前、なんで怒ってんだよ」

「はぁ?この期に及んでまだわからないの?アンタは」

「全然、わかんねぇし」

「心当たりが一つもないと?」

「心当たりーーーあっ」


自分の胸に手を当てて考え込むと何か思いついたらしく、手をポンッと叩いて、わかった、と声をあげた。


「わかったぞ、お前俺が返さなかったから拗ねてんだろ?」

「は?返す?何言ってんの?」

「またまたぁ〜、とぼけやがって」

「うっわ、その顔、超ムカつくわー」


また意味のわからない事を言い出して今度はニヤニヤし始める団蔵。
そうか、とか、案外可愛いところもあるんだな、とかブツブツと言っている。本当、その顔不愉快だからやめてほしい。思わず殴りたくなる。


「大事なことだもんな、こういうのはちゃんと伝えるべきだよな」

「はぁ?アンタさっきから意味わかんないだけど」

「まぁ、安心しろって」

「安心って何をーーー」




「俺も千香のこと愛してるからよ」




「っはぁ!!!???な、ななな何言ってんのアンタ!!」


いきなり過ぎて返す言葉が見つからない。
どうしたらそんな答えが見つかるのか。第一、私は団蔵に愛してるなんて言った覚えはない。勝手にコイツが頭の中で解釈しただけであって、私はそんなこと言っていない。

団蔵はいつだっていきなりで、ストレートで予想がつかない。
振り回される私の身にもなってほしい。何の心の準備もなくそんな爆弾発言されたらいくら私だって対応できない。

してやられてしまった。
どうしてやろうか。本当にもう、どうしてやればいいのだろう。
けれども今は目の前で屈託なく笑っているこの男の存在がたまらなく胸を締め付けた。

だってこんなの不意打ち過ぎる。


「もう一回言ってくれよ、千香も俺のこと愛してるだろ?」


勝気に微笑むこの男に負けた気がして無性に悔しかった。
だから優しくない私は簡単にコイツの願望を受け入れてやることはできない。私からそんなこと言うなんて絶対にしない。

でもどうしても。どうしてもと言うなら、団蔵が先に私にその言葉を言うのならば、言ってやらないこともない。


多分。


-

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ