貧富の差が激しいこの時代。 貴族と貧民の生活がここまでハッキリと違って現れる国も珍しくない。 国民が国をまったく信頼できない状態になっている。 国民の暮らしが貧しいだけならまだましだが、国民を守る立場にある国の機関が全然機能していない。 生活の安心を与えてくれる公共サービスはまったく機能しておらず、国としてのシステムが完全に破綻している状態ーー。 警察も殆ど機能していない、だから治安も最悪。 警察なんて、賄賂でどうにでも操れる。それはもう社会の末期症状といえる。殺人を罰することさえできない。 そんな絶望的な世界の中で私は暮らしていた。 絶望的、といっても私はその世界の中でもかなり恵まれた環境で育ってきた。 幸いにも私の父は国家から爵位をうけ賜っており、私は世界の人口の極僅かである貴族として生活することができている。 いわゆる箱入り娘というもので、外の世界がどれほど恐ろしくて危険なものかは父や兄たちから聞いている。 けれども聞いただけで、敷地内からは一歩も出たことはないし、外の世界のことなんて私は何一つ知らない。 何一つ知らないまま、生きてきた。 「智郁、勝手に何処かに行くなとあれほど言っただろう!!??」 兄が私を呼んでいる。 敷地内の庭園で隠れて兄達が私を見つけてくれるのを胸を弾ませて待つ。 兄さん達は何時だって必ず私を見つけてくれる。 私はそれが嬉しくてこうやって、ひっそり隠れるのだ。 頬を緩ませて笑っていると頭上でガザガサ、と音がして顔を上げると四人の兄妹のうち一人の兄と目が合った。 「あ、みんなー、居たよー」 「おお、四郎兵衛、よくやった」 「まったく、智郁の奴には困ったものだ」 「もういい歳になるのに、まだ隠れんぼか?」 「え、へへへ」 呆れながら額に手をあてる兄達に舌をだしておどけてみせる。 「頼むから、勝手にいなくならないでくれ、心配するだろう?」 「そうだよ、智郁、僕達、本当に心配してるんだからね」 「ご、ごめんなさい」 本気で私を心配する兄達に少し罪悪感が募る。 素直に謝ると兄が頭を撫でてくれる。 「わかってるなら、いいんだ」 「久作兄さん・・・・・」 私には四人の兄がいる。 いつも怒っているけど本当は一番私を案じてくれる三郎次兄さん、無愛想だけれど私の身体をいつだって気遣ってくれる左近兄さん。 冷静で大人びていて頼りになる久作兄さん、優しくて甘やかしてくれて、いつだって私の癒しである四郎兵衛兄さん。 私達兄妹は誰一人血が繋がっていない。 三郎次兄さんを始めとする四人の兄さんたちはある日父が突然連れてきた。 連れてこられた当時の兄達の瞳には光が無くて、確かに立っているのに生きているのか死んでいるのか分からないほどだった。 父が言うには彼等を保護した、ということだった。 最初こそ、口をきこうとしなかったけれども今では頼もしい兄達だ。 例え血が繋がっていないとしても、四人とも私にとって大切な家族であることには変わりない。 「・・・・何、ニヤニヤ笑ってんだよ、気持ち悪ぃな」 「・・・三郎次兄さんに言われたくない」 「どういう意味だコラ」 「い、いひゃい、いひゃいよ」 頬っぺたを抓られて顔が伸びる。 ごめんなさい、謝るけど三郎次兄さんは面白がって手を離そうとしない。 伸びる、頬が伸びちゃうよ。 「三郎次、離してあげてよ、智郁が可哀想」 「おい、三郎次止めとけこれ以上不細工な顔になるだろ」 「久作兄しゃん、ひおい」 「それもそうだな」 急にパッと頬を掴んでいた手を離されて身体のバランスが崩れる。 そんな私を左近兄さんが支えてくれた。 「左近兄さん、ありがとう・・・・・・左近兄さん?」 兄さんは私を見つめたまま動かなかった。 どうしたの、と尋ねようとするとそっとその胸の中に引き寄せられた。 驚いて顔を上げると三郎次兄さんも、久作兄さんも四郎兵衛兄さんも同じようにして私を囲んだ。 「兄さん・・・・?」 「僕達だけの可愛い智郁、どうか、どうかそのまま穢を知らないまま純粋に育っておくれ ーーそして、ずっと僕等の傍に」 そう言って私に回した腕は震えていた。 懇願するように切実に私を抱きしめる兄達の腕を強く握り返す。 「えぇ、私は兄さん達とずっと一緒よ、離れたりしない」 これからも家族で幸せに暮らしたい。 兄さん達と一緒にーーー。 そんな我儘過ぎる願いを神様は受け入れてくれるほど世界は優しくなかった。 燃えている、赤く、紅く、緋く、朱くーー。 誰のものかも分からない絶叫が耳を劈いた。 赤く燃えている炎の中に、複数の人影が浮かんで消えて、浮かんでーー。 「嫌ぁぁああっ!!!!!あいつらが来たっ!!!」 「逃げろ、逃げるんだぁあっ!!」 「誰か、誰かぁ、助けてっ」 兄さん、兄さん達は何処? 武器を振り回して、赤い鮮血を浴びながら、炎の中から姿を現した見知らぬ男達。 何が楽しいのか、卑しい笑みを顔に張り付けてーー。 そう、彼等はーーー 「Child soldier (少年兵)だぁああっ!!!」 何かが、音をたてて崩れていく。 |