Child soldier

□02:失われた館
1ページ/1ページ






何が起こっているのか理解できない。


今までの人生の中でこれほど自分の目を疑ったことはない。

崩れゆく館、飛び交う銃弾、劈く絶叫、宵闇に舞う血飛沫、山となる屍ーー。

地獄絵図、そう呼ぶのに相応しい、と心の片隅で感じた。
自分はまだ深い微睡みの中をさまよっているのではないだろうか、と思い込むほど目の前に広がる情景は現実から遠のいていた。


どうして、どうしてどうしてどうしてーー。


何がこのような悲劇を招いたのか、理解できなかった。
屋敷の警備は機能していたはず、いくら外が物騒でも身の回りの安全に何よりも神経を尖らせていた父は家の警備には一層力を入れていた筈。

なのにどうしてーー。

この瞳が映すのは紛れもない現実。逸らしても変わりようのない事実。
夢なんかじゃない、と漂う闇が、纏わりつく血の匂いが告げていた。

轟轟と燃え盛る炎と共に聞こえるのは屋敷にいた人達の絶叫。
助けを求める声、命を乞う声、戻らぬ者に縋り付き生還を願う声。
全ての声が悲痛の叫びとなり屋敷中にこだましていた。


何をしているの。私はこの屋敷の主人の娘。養う立場にいる人間なのよ。
今すべきことは逃げまとう使用人達を救うこと。
こんな所で立ち竦んでいては駄目、駄目なのに。


動けーー。そう自分の身体に言い聞かせているのに鉛のように重たくなった身体は微動もしなかった。
まるで足の裏が床にへばりついたかのように動かない。身体全体が恐怖を感じ取っていたからである。


可笑しい、狂ってる、彼らは異常だーー。
小さな子供が玩具を壊すかのように、次々と人を殺めていく。
何よりも私をゾッとさせたのはその表情。ロボットみたいに無表情で刃を振り下ろす者もいては、無邪気な笑顔を振りまいて銃弾を放つ者もいる。

こんなの、人間のすることじゃない。可笑しい、狂ってる、正気じゃない、人間じゃない、怪物だ、少年の皮を被った、怪物ーー。


血の匂いに目が眩み、吐き気がした。頭が痛い、胸が苦しい。
一気に信じられない出来事が起きて身体が現況を受け入れきれていないのだ。


「......うぅ...っく......」


立っているのさえ辛くなり、口元を抑えたままその場にしゃがみ込む。
助けなくちゃ、逃げなくちゃ、二つの思考が混ざりあって気持ち悪い。
ただ明確に解ることは、このままでは確実に殺される、ということ。
捕まったら後がない。でも思考に反して身体は動かない。


ーー誰か、誰か助けて、父様、兄さん





「智郁っ!!!!!」





助けを求め、瞳を閉じた瞬間だった。
急に後ろから強い力で腕をつかまれた。その力に引き摺られていくように私の身体は闇に紛れていった。

瞬時のことで驚きはしたけれども恐怖は感じなかった。名前を呼ぶ声が聞き慣れたものだったからだ。


「三郎次兄さん.....」


顔を上げた先には三郎次兄さんが安心したような眼差しで私を見つめていた。
兄に会えたことに安堵した矢先に掴まれていた腕を引かれた。安定感を失った身体は兄の腕に納まった。


「さ、さぶろじ、兄さーー」
「無事でよかった」


微かに震えるその腕は段々と力を増していった。いつも眉間に寄ってる皺はより一層深くなっており、脈は激しく動悸していた。
視線を兄の身体に向けて驚愕した。
身体中、傷だらけだったのだ。白いシャツは赤黒く黒ずんでいて、痛々しい傷かがなによりも目立っていた。


「に、兄さん、血が、怪我してる」


身体を離して兄の手当をしようとして、制された。


「いいか、よく聞け」


両肩を掴み、兄は緊迫した表情で言った。その切迫した空気は有無を言わせないものであり、私は黙って兄の言葉を待った。
表情からして良い知らせではないことは解る。肩に置かれた震える手が何よりの証拠だった。


「ーー父様は殺された」

「え...?」

「少年兵に殺されたんだ」


父様だけじゃない、母様も爺様もだ。この屋敷にいる人間、殆どがもう死んでしまった。
兄の口から出てくる凶報に息を呑んだ。
ーー死んだ?父様が?母様が?


「う、嘘、嘘よ」

「嘘じゃない、奴らが父様を「嘘だわ!!!!」


兄の言葉を遮るようにして叫んだ。
信じられない、信じたくない、あの気高く尊敬する父様が、慈愛溢れる優しい母様が死んだなんて、もう、この世にいないなんて。
二度と会うことが出来ないなんて。


「うそ、嘘よ、父様が、母様が死んだなんて、嘘にーー」

「嘘じゃないっ!!!!!」


痛切なる叫喚が私の昂った熱を抑えた。普段の兄からは想像できないような面構えに胸が張り裂けそうになる。


「........嘘じゃない、父様は、皆は死んだ。死んだ人間はどんなに願ったって戻ってこない。今、大事なことは生きてる人間がどう生き残るかだ」

「兄さ......」

「だから智郁、お前は生きるんだ。生きて、父様と母様の分まで幸せになれ。ーー頼む、生きてくれ」


懇願するように私の両頬をそっと包む。不安気に揺れた瞳で兄を見つめると兄は少し困ったように笑い、私の額に唇を寄せた。


「お前は生き延びてくれ。奴らが追ってくる前に逃げるんだ」

「え、三郎次兄さん?な、何を、言ってーー」

「世界でたった一人の大切な妹だ。こんな所で奴等の手にかかって散るには惜しい」

「さぶろ、じ、兄さ、「智郁」



「ーー愛しているよ」



愛念溢れた声で静かに呟やいた後に、空気は一転し、三郎次兄さんは静かに他の兄達の名前を呼んだ。


「後は頼んだぞ、俺と久作が時間を稼ぐ。その間にコイツを逃がしてくれ」


左近兄さんが無言で頷き、四郎兵衛兄さんが私の身体を持ち上げた。
兄達が何を言っているのか、何をしようとしているのか、全く把握できなかった。


「さぁ、智郁行こう」

「な、何するの、降ろして、三郎次兄さんと久作兄さんは!?一緒に逃げないの?」

「.......全ては僕達の責任なんだ。父様と母様が死んだのも。僕達は落とし前をつけなくてはならない」


そう言って四郎兵衛兄さんは走り出した。


「っ!!!!三郎次兄さん!!!久作兄さん!!!」

「泣くな、不細工になるぞ」
「台無しになるだろ?折角可愛い面してんだから」


そう笑った二人の姿は段々小さくなっていく。私はただ傍にいない二人の名前を叫ぶ。
四郎兵衛兄さんの言っている意味が解らない。兄達が何をしようとしているのか。


「なんで、どうして、こんなことに、昨日まであんなにーー」

幸せだったのに。
喉まで突っかかったその言葉を発することはなかった。どんなに嘆いても現実は変わらないから。


「ごめんね。智郁、僕達には君を逃がすことしかできない。ここからは一人で行くんだ」

「私、一人で?い、嫌、兄さん達も一緒に」

「それはできない。三郎次と久作が足止めをしてくれている。彼等だけに全てを背負わせるわけにはいかない」

「なら、私も一緒に!!!!」

「智郁」


その時、初めて左近兄さんが口を開いた。


「言ったはずだ。これは僕達の責任だと。お前を巻き込むわけにはいかない」

「おいおい、いいじゃねぇか、つれねぇな」


急に聞きなれない声がして後ろに振り返る。嫌な予感がした。背中が凍るような嫌悪感が走る。
振り返った先には三人の男が立っていた。
一人は銃を肩に掲げ、一人は槍を、そしてもう一人は刀を構えていた。
血塗れた武器を見る限り、彼等は屋敷を襲った武装集団のメンバーだということが容易に想像できた。
服に朱く染み付いているものは、おそらく全て返り血だろう。


「っ、お前ら」

「お久しぶりです。先輩方、あ、今はお坊ちゃんでしたっけ?まぁ、どうでもいいや」


槍を持った真ん中の男が卑しい笑みを浮かべて私達の傍に寄ってくる。
どういうことなのだろうか、兄さん達は彼等を知っているのだろうか。
面識があるかのように目の前の男は言葉を続けた。


「先程、池田先輩と能勢先輩にも会いましたよ。あの二人も少しも変わっておられないご様子。でも先輩方、平和ボケですかね?本当に呆気なかったですよ」

「っ!!黙れ!!!!」

「やだなぁ、怒らないで下さいよ。感動の再会じゃないですか。.......てっきりもう死んでるものかと思っていましたけど、相変わらず図太いようだ。流石は裏切り者。浅ましい知恵は働くんです、ねっ!!!!」


兄達に近付いたかと思うと、何処かに隠していたのか急にピストルを兄達を目掛けて放った。
銃弾の乾いた音が響き、微かに火薬の匂いがした。


「兄さん!!!!!!」


「来るなっ!!!!」


走って駆け寄ると、左近兄さんが凄い剣幕で怒鳴った。
あまりの形相に身体が止まった。


「逃げろ!!!僕達のことは放っておけ!!!」

「で、でも、そんな、嫌、嫌だ」


「っ逃げろ!!!!早く!!!父様と母様の死を無駄にするな!!!!」


左近兄さんの言葉で身体中に稲妻が走ったような衝動に駆られた。
兄達を見捨てて逃げることなんて出来ない。けれども父様と母様の死を無駄に終わらせるわけにもいかない。
そうだ、私は生きなくてならない。父様と母様の分も。

ーー生きるか死ぬか。

選択は一つだった。


「美しい家族愛だなぁ。反吐がでるくらいにな。でもそういう訳にはいかないぜーーー金吾」


男が合図を送ると刀を持った男が私に近づいてきた。
逃げようとして後退ると瞬時に腕を掴まれ、次の瞬間に首に鋭い衝撃が走った。その衝撃で目の前が眩んだ。
視界がグニャリと歪むのが解り、次第に意識が遠のく。


ーー逃げなくちゃ、生きなくちゃ、いけない、のにーー。






遠のく意識の中で私の名前を叫ぶ兄達の声を聞いた。















-

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ