Child soldier

□03:孤独静寂論理
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いつも通りの一日。

私は朝が弱い。そうと知っていながら懲りずに毎晩夜更かしをするものだから、毎朝寝坊する。そしたら、そんな私に三郎次兄さんが痺れをきらせて、仏頂面で私を起こしにくる。その起こし方があまりにも横暴なものだから、四郎兵衛兄さんが仲裁に入るのだけれど、三郎次兄さんには適わなくて。冷静な久作兄さんが場を収めてくれる。そして騒ぎを聞きつけた左近兄さんが駆け足で私の部屋に入ってくる。

それがいつも通りであり、私の日常。
私にとっての当たり前。
今日だって私を起こしに来るのはーー。








「....なぁ、アンタ、いつまで寝てるわけ?」




ぼやけた頭の中で私の意識を明確にさせたのは走るような痛覚。曇っていた視界が段々と明るくなり、目の前が見えてきた。誰かが乱暴な手つきで私の頭を鷲掴みして、無理矢理顔を上げさせている。加減を知らない力のせいで皮膚と髪が軋んで悲鳴をあげた。その痛みが確実に私を現実に引き戻そうとしていた。
徐々にはっきりとしていく意識の中で解ったことはーーー目の前の主が三郎次兄さんではないということ。


「だ、誰?」


「あ?なんだ、起きてんじゃん」


急に掴まれていた頭を解放されて、重力が働くままに、持ち上げられていた頭が落ちる。当然のことながら予告も無しだったので、身構える余裕もなく私の体は地面に叩きつけられた。


「っ、..っく..ぅ..」


「ったく、人の気も知らないでグースカ寝ちゃってさ。こっちはアンタの見張りで一睡もしてねぇのに」


嫌味ったらしく呟き、男はしゃがみこんだ。顔の距離が少し近づいたことから、蒼黒の髪の隙間から男の顔が伺えた。
何故、自分がこの状況下に置かれているのか、此処は何処なのか、この男は誰なのか。様々な疑問が頭を過ぎったが、この男の顔を見た瞬間に全てを思い出した。


(この男は.....!!)


間違いない。あの時、左近兄さんと四郎兵衛兄さんと私を襲った三人組の一人。真ん中で槍を構えていた男だ。そして、左近兄さんと四郎兵衛兄さんに弾を放った男。


「に、兄さん達はっ!!??左近兄さんと四郎兵衛兄さんは何処?二人は無事なの!?」


重い身体を引き起こして、男に詰め寄る。今まで静かだった私が急に騒ぎだしたものだから、男は驚いたように目を丸くさせた。


「は、何、マジでビクったんだけど」

「質問に答えて!!!!兄さん達はどうなったの!?」

「あー、耳元で騒ぐなよ。響くだろ」

「三郎次兄さんと久作兄さんは!?生きてるの!?兄さん達に会わせて!!」


私を逃がすために囮となった三郎次兄さんと久作兄さん。私を逃がすために傷を負った左近兄さんと四郎兵衛兄さん。皆、私の為に命を張ってくれた。彼らが死ぬ筈がない。
藁に縋るような思いで、男の返答を待つ。男は面倒臭そうに頭を掻いて、口を開く。



「.............殺したけど?」



まるで他人事のように男は言った。
どうでもいいことのように言い放った男に絶句した。

頭が真っ白になる。信じられない。嘘だ。まさか、あの、兄さん達が。


「...う、嘘。ありえない、まさか、兄さん、」

「嘘じゃねぇって、だって確かに心臓ぶち抜いたし?死んでるっしょー」


縋った願望も粉々に打ち砕かれて、それでも尚、男はケラケラと笑っていた。

信じられない。

兄達が死んだ、なんていう事実は勿論信じられないが、それよりも人を傷付けて、人の命を奪って、笑っていられるこの男が信じられなかった。私の館を襲って多くの人の命を奪った前科があるにも関わらず。

許せなかった。
こんな、こんな男に、こんな男の一味に皆は、父様は、母様は殺された。

そして何よりも許せないのが、兄達の命をぞんざいに扱っていながらも、その事を定かに覚えていないこと。しかも弾を放った張本人が、だ。それほどこの男にとって兄達の命は軽かったのだ。


「っ、この、人殺し!!!」

「.............あ?」


この瞬間、男の顔から笑が消えた。


「父様が、母様が、兄さん達が、何をしたっていうの!?返して!!返してよ!!なんで、死ななくちゃいけないの!?人殺し!!悪魔!!鬼!!アンタ達なんかっ、」


その罵声が最後まで続くことはなかった。
言い終わる前に、先程のように頭を鷲掴みにされて、口を塞がれていた。しかも、男の口で。
咄嗟に抗議の声を上げようとしたら、開いた口の間から、ぬるりとしたものが口内に入り込んできた。驚いて動けないままでいるうちにどんどんソレは深くなっていく。


(嫌、何これ、気持ち悪い)


思い切り男の胸を押し返そうとしたら、ジャラリ、という金属音と腕に重圧感を感じて、私は初めて手足が拘束されていることに気が付いた。これでは抵抗できない。

誰にもされたことがないその行為にとてつもない嫌悪と恐怖を感じた。酸素が足りなくなってきて、苦しくなっていく。気持ち悪い、気持ち悪い。逃げようとする私の舌を男が絡め取る。吐き気がする。

なにか、抵抗しなくては。なにか、このままでは駄目だ。

考えているうちに男の手が私の服の中に侵入してきた。その途端、本能的に危険を感じたのか、私は男の舌を噛んだ。


「っ、ってぇな」


男の体が離れる。口内には微かに血の味が広がっていた。
男は口内から流れ出た血を乱暴に拭って、もう一度私の頭を掴んで、私を睨む。その目付きに今までに感じたことがない恐怖を感じた。今さっきまで、笑っていた男の雰囲気は微塵にも感じられない。


「あんま調子に乗るなよ」


ーーじゃないと、と言葉を続ける。
ゾクリ、背中が震える。酷く、静かで、冷めた声だった。その表情こそ、殺人鬼と呼ぶに相応しい。









「殺すぞ」








その一言で身体は硬直し、動かなくなった。ーー殺される。殺す、この男は確実に私を殺す。そう思った。




「そこまで」


また違う声色が私と男の間に入り、殺伐とした空気が一変した。
いつのまにか知らないうちに、他の男が入口付近に立っていた。


「何昼間から盛ってるわけ?皆、待ってるんだけど」

「兵太夫」


兵太夫、と呼ばれた男は音を立てて部屋に入り、男の肩に腕をのせて私の前で仁王立ちした。 女のような端正な顔立ちに鋭い目付きで品定めをするように爪先から頭のてっぺんまで私を見回す。


「なんだ、団蔵が可愛いとか言うから少し期待してたけど、ブスじゃん」


ブス。せめて不細工といってほしい。初対面の人にこんな失礼な事を言われたのは生まれて初めてだ。その後も散々悪態をつき、私の反応を見ては、楽しんでいるようだった。


「おい、兵太夫。皆待ってんだろ。早く連れてけよ」

「は?団蔵のくせに誰に指図してんの?お前が連れてけよ」


兵太夫という男が団蔵と呼ばれた男を一瞥すると、諦めたように団蔵という男は私の腕を掴んだ。先程の出来事もあって私は警戒したが、男からはもうあの殺伐とした殺気は感じられなかった。


「立てよ」

「......何処に連れてく気」


男は何も答えなかった。足の鎖は外されたが腕の鎖はそのまま。


「早く歩いてくんない?」


兵太夫という男が苛立ったように声をあげる。引き摺られていくようにして私は部屋を後にした。
バタン、と閉じられた扉の音だけが虚しく響き渡る。埃まみれの廊下から憎たらしいほど輝かしい太陽の光りが差し込んでいた。

ーーーーひとり。
ここから先、味方は何処にもいない。



私はどこへと向かうのだろうか。





















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