Child soldier

□04:まだ絶望をくれないで
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「いきなりで申し訳ないんだけど、君はこの世にまだ未練はある?」

「.......え?」

出逢って、たった数秒。されど数秒。連れてこられた部屋で直ぐに投げかけられた全く持って理解不能な質問。投げかけた本人は中央の椅子に腰掛けたまま、張り付けたような笑顔で私を見下ろしていた。


「.......え、えっと、どういうこと、でしょうか」


目の前の男の意図がわからなくて、思わず聞き返してしまった。その直後に背後から聞こえる、舌打ちや溜息。
私が入った瞬間に、重くなった部屋の空気は、今この瞬間、さらに悪い方向へとより濃く密度が高くなってしまった。


「んな、ことも分かんねーのかよ頭わりーな」


苛立ちを包み隠さず声を挙げたのは、また知らない顔だった。初対面な筈なのに、彼の私を見る目は忌々しいものみるようだった。しかし、それは彼のみに言えたことではなくて。この部屋中の人間、殆どが私をまるで親の仇であるかのような強面で睨み付けていた。


「んー、僕、物分かりの悪い子はあまり好きじゃないんだけどなぁ」


数あるレパートリーの中から、「苦笑」と「嘲笑」を含んだ表情を選んで、目の前の男は笑ってみせた。
別に貴方に好かれようなんて、思ってないし、好かれたくない。私はただ、少しでも早く、この場から去って、兄たちの生死を確認したい一心だった。

(自分の目で、確かめるまで絶対に信じない、兄さんたちは生きてる)


「ねぇ、聞いてんの、ブス」


急に後ろ髪を引かれて、身体のバランスが崩れた。
そのまま、倒れ込んで地面に手をつく。何事かと思い、顔をあげると、初対面で、私をブス呼ばわりした、兵太夫と呼ばれていた男の顔がすぐ近くにあった。


「庄左ヱ門の質問に答えろよ、せっかくさぁ、優しく聞いてやってんじゃん?素直に言ったほうが身のためだってわかんないの?」


あ、馬鹿だからわかんないのか。
アハハ、と声を挙げて笑う男に、今まで感じたことがないくらいの屈辱を感じた。
どうして、こんな男にここまで馬鹿にされなくてはならないのか。


「ねぇ、庄左ヱ門、やっぱり生かしとく価値はないんじゃない?」


部屋のどこからか、また違う声色が響く。この一声を合図に、今まで黙っていた部屋中の人間が一気に口を開いた。


「三治郎に賛成だ。女なんてなんの役にも立たない、殺すのが一番手っ取り早い」

「いや、待てよ金吾。ここで殺しちまうのは惜しいだろ、他の組織にでも売っちまおうぜ。没落貴族の娘なんて、結構高くつくと思うぜ」

「きり丸、それこそ惜しいだろ。この際、俺達の慰安婦にでもすればいいじゃねぇか!!そうすれば、わざわざ、性欲処理のために女を連れ去る必要もなくなるだろ」

「団蔵はただヤリたいだけだろ」

「んだよ、虎若だってそうだろ」
「まあ、否定はしないけどな」


「庄左ヱ門、どうする?」


庄左ヱ門と呼ばれているリーダー格の男の傍に立っている、中性的な顔立ちの男が一声かけると、今まで好きに口を出していた人間全てが口を噤んで、視線を中央へと向けた。


「いや、いきなり殺してしまうのは可哀想だろう?僕もそこまで薄弱じゃあないよ。だから、君に質問したんだけどな。ーーこの世に未練あるか、ってね。まぁ、生きるという選択をしても、君を逃がすわけにはいかないけど」


生きるか、死ぬか、どちらを選ぶかは君次第だーー。


心底面白そうに男はまた選んだ表情の上に重ねられた笑みを一層に濃くした。


「……………どうして」

「ん?」

「どうして生きるか、死ぬかなんて、勝手に貴方に決められなきゃならないの」

「……………」

「私の命よ。貴方達の命じゃない。選択肢を与える?笑わせないでよ。生きるか、死ぬかなんてもともと私の選択肢でしょう。貴方にそんな選択肢を与える権利なんてないわ」


腹が立った。どうしようなく、腹が立った。勿論、これからの自分の身の危険については底知れない恐怖を感じた。身体の震えと、涙を堪えるのに必死だった。でも、それ以上に怒りが勝ってしまった。

どうして両親を殺した人間の指図を受けなくてはならないないのか。
どうして兄たちを傷付けた人間の利になることをしなくてはならないのか。
どうして私の、他人の命を勝手に左右していいと思っているのか。

彼らには完全に道徳というものが欠けてしまっている。

そんな人間の言うことなんて、意地でも絶対に聞いてやるものか。


「おいおい、威勢がいいねぇ、お嬢様」


ふざけた調子で団蔵が私の肩に腕を回す。
相手のガタイがあまりにも良すぎて、私は後ろから抱き込まれるような形になった。ついさっき、あのようなことがあったものだから、無意識に警戒する。


「元気があるのは結構、よろしいけどさあ、……………言ったよな?」


吐息が感じられる程の距離まで顔を近付けて、団蔵は私の耳朶を甘噛みしてみせる。その行動に身体が異様なまでに反応して、逃げ出そうとしたけれど、締め付けられた腕はびくともしなかった。
先程の出来事が頭に浮かんで、もしかして、また、なんて考えが頭中に回って、あの嫌悪感が蘇る。


「やめ、離してっ」


拒絶の言葉を発したのと同時に、顎を掴まれた。
男から、ふざけた調子が消える。また、あの、ゾッとするような、感覚。


「あんま調子にのんなって」

「団蔵」


身体から血の気が引いたのと同時に、その不快な行動に静止をかける声が響いた。
あの、庄左ヱ門という男。
団蔵は舌打ちをして、直ぐに私から離れた。


「ごめんね?怖かっただろう。でも君も軽率だったね。その様子から伺うと、まだ死にたくないんだろう?なら、もっと頭を働かせなくちゃ」


ごめん、なんて、微塵も思っていないくせに、気を遣うような素振りをして、また笑う。
何を考えているのか、何が本意なのか絶対に悟らせない。本能的に、この男が一番、危険だと感じた。


「もう一度チャンスをあげよう。君はどうしたい?今のままだと過半数の同意に基づいて、君を殺さなくてはならない。でも君が、どうしても死にたくないっていうなら、考えてあげよう」


さあ、よく考えて!!
同じ過ちを二度も繰り返さないように!!


まるで喜劇の役者のような物言い。
けれども彼は笑っていなかった。表情こそ、先程と差異はなかったが、笑っていない。本気だった。

私は考える。

心境は先程と何も変わっていない。
こんな人間に屈することなど絶対に許されない。
けれども、また同じように反発してみたら、どうなるだろうか。
殺される。一刻の猶予も許されず、目の前の男は殺すだろう。
今、この場で死ぬのは簡単だった。きっと一瞬で死ねる。父様と母様のところへ逝ける。けれども、もし、兄たちが生きていたら。まだこの世界に望みがあるとするならば。
私はーー。


「まだ死ねない」


悔しい、悔しい、本当に、死ぬほど悔しい。屈辱だ。あまりの恥辱に頭がどうにかなりそう。でも死ねない。
兄さん達が、自分の命を懸けて守ってくれた。私一人の命じゃない。その大切な命をみすみす捨てるような愚かな真似はしない。出来る筈がない。

敵意の篭った目で、目の前の男を睨み付ける。
男は心底、楽しそうに口角を吊り上げた。


「賢明な判断だ。物分かりの良い子は嫌いじゃないよ」


何よりもその目付きがたまらないね!!


一回だけ、声を挙げ笑ってみせて、男は立ち上がった。
そのまま正面に向かって歩いて、私の目の前で止まって、膝をつく。
何をされるかと思い、体を強ばさせると男は私の片手を掬って、口元に寄せる。まるで御伽話のワンシーンみたいだった。わざとらしく大袈裟に男は王子様を演じてみせた。


「僕はこの組織のボス、黒木庄左ヱ門。君は?」

「……………智郁」


智郁!!反吐が出るほど平和ボケした素敵な名前だね!!

部屋中の視線が私達に集まって、痛いほどの視線が身体中を貫く。
歓迎ムードではないのは明らか。気を緩めれば直ぐにでも誰かに殺されそう。


「さぁ、皆、お嬢様の歓迎パーティーといこうじゃないか。なんていったって君は死ぬまでずっとここにいるんだからね!!そう、君がメンバーの不況を買って、殺されない限り!!」


死ぬまでずっと

その言葉に嫌でも身体が震えた。
大丈夫、大丈夫。何度も自分に言い聞かせる。
生きている限り、必ずチャンスはある。今だけ、順次に従っているふりをすればいい。絶対に、逃げられる。兄さん達に会える。




その考えを否定するかのように、彼は嘲笑った。












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