Child soldier

□05:無慈悲な少年
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「……今、何と言った?」


自分でも驚く程、酷く冷静な声だった。たった一言で、部屋の温度が急激に下がったような気がした。目の前の執事は顔を青くして、目線を游がせた。畏怖しているのだろうか、肩が小刻みに震えている。


「は、はっ!!今一度、も、申し上げます、ぶ、武装集団により、寿洲貴邸、か、陥落!!は、伯爵、夫人を含め、多数の死傷者がっ、は、発生しております!!」


身体中の全機能が停止したような感覚に襲われた。
現状に追いつけない頭を必死に働かせて、混沌した思考回路を整理する。信じ難い、信じたくない、出来事だった。
要心深いことで有名だった寿洲貴卿が、こんなにも簡単に倒れてしまうのだろうか。領地も完璧に納め、隣国までに目を光らせていたというのに、まさか、たった一晩で、侵攻されてしまうとは。


「……生存者は?」


なるべく努めて穏便に。
しかし、声が裏返っているのが自分でもわかった。相変わらず執事は、小さくなって、憂虞していた。


「は、ち、注進によりますと、四名のご子息は、」

「そんなことはどうでもいい」


歯切れの悪い報告に苛立ちを覚え、声が自然と大きくなる。
あぁ、もう、この執事は解雇しよう。報告すらまともに出来ない人間など、この黒門家に不要。ただでさえ、気分が良くないのに、この男は僕を一層不快にさせる。


「わからないのか?余所者の養子になど用はない。僕が懸念しているのは智郁だけだ。智郁は無事なのか」


ーー智郁。
寿洲貴家の一人娘で、いずれは僕の妻となる女。
親同士が決めた結婚だった。けれども僕自身、智郁のことを気に入っていたし、智郁以外の女と結婚するつもりはなかった。
智郁だって、相違なかった。何故ならばこの結婚は寿洲貴家にとって、とても価値があるものだったからである。伯爵位の寿洲貴家が公爵位の黒門家と縁を結ぶことは寿洲貴家に優勢と為る。上手くいけば位が上がる。
智郁は賢い女だ。自分の家の家門を疎かにするような真似はしない。


「っ、智郁様は、行方が、不明となって、おります、証言者に、よりますと、賊に、拐われたとの、ひ、ひぃっ」


ガシャン、と音を立てて傍にあった護身用のナイフが机に深々と刺さる。否、僕が刺したのだ。
余りにも力を込めたせいか、机には亀裂が入ってしまった。執事はすっかり腰を抜かしてしまい、その場に座り込んでしまった。



「……ゴミ共が、己の身分を弁えない行動……全くもって目に余る。世の中には越えてはならぬ壁があるのだ。奴等は決して触れてはならない華に手をかけた……」


ミシミシとナイフの矛先が埋まっていく。
あの人相の悪い養子共が智郁の傍にいる、というだけでも虫唾が走るというのに、卑しい賊共が智郁を攫った?そのようなこと、あってはならない。あれは僕の女だ。狗共が触れていい存在ではない。


「おい、智郁を攫ったのは何処の組織だ」

「っ、ひ、あ、…」

「僕は気長ではない。早く答えろ」

「っ、は、そ、それが、少年兵の集団らしく、」

「……少年兵?……貴族の屋敷を襲うのに子供を使うとは……。よほどの大軍組織なのか…」

「い、いえ、少年兵のみで編成されている模様っ!!」

「……なんだと?」


極めての異例に驚愕する。
通常、少年兵は非政府組織等に属している。兵士になるまでの経緯として、多数挙げられるのは、誘拐や飢え、貧困からの脱出。どれも上には大人が関与している。子供のみで活動している例は珍しい。無法地帯となった外の世界では、子供は不利な状況になるからである。

その点においては名前も知らない兵士に少なからず感服する。
自分と然程変わらない年代にも拘わらず、よくやるな、と。しかし、その自分と然程変わらない年代、という事実が非常に不愉快だった。
十代後半の何かと盛んな時期。穢らわしい狗共の中に智郁が一人。考えただけで、気が狂いそうだ。


「なんとしてでも、捜し出せ。そのための尽力は惜しむな。金でも、軍でも使えるものは全部使え」


智郁は僕のものだ。僕の生涯の伴侶になる。この事実だけは変えてはならない。智郁は如何なる刻も僕の傍に居なくてはならない。そのためだったら僕はどんな事でも為してみせよう。


「肝に銘じろ」


机に刺さったナイフを抜きとって、ゆっくりと立ち上がる。
そのまま、執事に歩み寄る。目の前で立ち止まって、握り締めたナイフの矛先を執事の首に添えた。


「っひ、で、伝七、さ、ま、」

「智郁が、無事に僕の下へ帰ってこなかったら。…………お前の首は飛ぶ。二つの意味でな」

「っ!!!、そ、そん、な…、ひ、」


首元への力をグッと篭める。



「行けっっ!!!!!!!!」



力の限りに叫んだ。
ビリビリと部屋中に轟く声だった。執事は何も言わずに、部屋を飛び出した。誰も居なくなった部屋に僕の息切れが響いた。
顔を上げた先に、智郁の写真が視界に映った。写真の中の智郁は可憐に笑っている。


『伝七さん』


智郁の愛しい声が頭に響く。
智郁、一人で心細い想いをしているだろう。僕が代わってやれたらどんなにいいか。

世界の何処に居ようと、必ず、見つけ出す。必ず、救い出す。
僕には智郁だけだ。智郁しかいらない。
だから、絶対にあの狗共を許してはならない。僕から智郁を奪った狗共。然るべき制裁を与えねばならない。一匹たりとも、逃しはしない。
奴等は僕を怒らせた。許されぬ罪を犯したのだ。



「首を洗いながら、待っていろ!!下衆な狗共め……!!智郁に少しでも手を付けてみろ、お前達の命はないっ!!」





握り締めていたナイフはいつ間にか真っ二つに折れていた。










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