Child soldier

□06:慈愛に満ちた心
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ガチャリ。足を前に進める度に、嫌な冷たい金属音が響く。
まるで犬のようだ。首だけではなく、両手、両足に嵌っているそれが目に映るだけで、自分が酷く、滑稽で憐れなものに思えた。
兄たちがこの姿を見たら何を思うだろう。
いや、こんな醜態を晒したくはない。
そんなの、とても耐えられない。


「ほら、入れよ」
「キャッ」


始めに連れてこられた部屋の前に着くと、いきなり背中を押されて部屋に押し込められた。
急だったので受け身の体勢をとることもできなくて、重力の赴くままに地面に崩れ落ちた。
皮膚と床が擦り合って、焼けるように痛い。骨に当たる足枷の鉄が刺さるように軋む。
こんな扱い受けたことがなかった。城下町の奴隷だってまだマシな扱いを受けていた。私は奴隷以下なの。


「あんたは信用できない。しばらくはこの部屋で大人しくしてろ」


団蔵とは違って、スラリとして線が細い身体。
その身体からどうやったらあのような力がでるのか不思議だった。
筋肉質ではなかったけれど、とても高身長で見下されると、なんとも言えない威圧感がある。
ゴミ塵を見るような視線が怖かった。

どうか、早く、早く此処から立ち去って。
お願いだから、私の前から姿を消して。


「あ、そうだ。一つ警告」


繋がっている鎖を手綱を引くように男は寄せた。
痛い。擦り切れたところから血が出てくる。
痛みに顔を歪めても、男は気にする素振りも見せずに、無表情のまま力を緩めることはしなかった。


「逃げよう、なんて馬鹿なことは考えるなよ?あんた、命が惜しいんだろ」

「っ!!」

「……逃げるつもりだった、ってわけね」


図星を突かれて、身体が震えた。
男はそれを肯定と受け取ったようだった。
どうしよう、殺される?いや、でも、まだ実行には移してないし、だけど、人を殺すことなんて何とも思わない人達よ、安心なんかできない。


「これだからお嬢様は、考えが甘いんだよなぁ」


震える脚を男の指がなぞるように行き来する。
太腿に爪を立ててみせたり、膝を撫でられたり、されるがままだ。
こんな時に限って、あの冷徹なリーダーの言葉が思い出される。

『なんて言ったって君は死ぬまでずっと此処にいるんだからね。そう、君がメンバーの不況を買って殺されない限り』

今、私が下手に抵抗して目の前の男の機嫌を損ねてしまったら。
言葉通りに私は殺されてしまうかもしれない。
そのようなことは避けたかった。
だから、どんなに怖くても、耐えなければならないのだ。


「俺さー、あんたみたいな世間知らずのお嬢様、一番嫌いなんだ」


足首を掴んだ腕に力が篭る。
先程とは、比べ物にならないくらい強い力だった。
とてつもなく大きな圧力が一気に足首だけに集中する。
あまりの力の強さに血が止まり、足首から下は青白くなって、感覚がわからなくなってしまうほどだった。


「っ、痛い、痛いやめて、やめて!!」


ついに耐えきれなくなって、声を挙げた。
けれども反比例して、力は強まるばかり。
さっきまで、普通に話してたのに、どうして。
男は無表情のまま私の足を掴んでいる。

痛い、痛い痛い痛い!!やめて、どうして、痛い、嫌、痛い!!

抉られるような痛みに涙が出そうだ。
このままじゃ、骨が折れてしまう。骨が折れるどころか、もう脚が使いものにならなくなってしまうかもしれない。

やめて、お願いだから、やめて、

男はまるで私の言ってることが聞こえないようだった。
ただ、無表情で足首を掴んでいる。
ミシ、と音がした。
あぁ、もう駄目だ。折れる。 痛い、痛い、痛い、助けて、兄さん、痛い。

激痛に意識を失いかけたときだった。


「きり丸っ!!!!」


スッと足が軽くなった。
足首で止まっていた血が広がって血行が良くなり、生気のなくなっていた爪先は徐々に赤みを取り戻していった。


「……乱太郎」

「どういうこと?きり丸の役目はこの子を部屋まで送り届けることでしょう?」


赤髪の眼鏡の少年が私を庇うように前に出た。
目の前の男はきり丸というらしい。
この眼鏡の少年が姿を現したころからだろうか、殺気は失せ、飄々とした表情に戻っていた。


「庄左ヱ門はこんなことしろなんて言ってないよ」

「そんな怖い顔で睨むなよ、乱太郎、ほらすぐ出てくからさぁ」

軽く少年の肩に手を置いて、口元から八重歯を覗かせる。
一方は、深刻な目付きできり丸を咎めていた。


「……怒るなって……俺、戻るから」

「……本当、気をつけてよ」


部屋を出ていく際に、きり丸がチラリとこちらに視線を移す。
激しく、憎悪の意が籠った瞳だった。再び、身体の芯から冷える感覚に襲われた。
わからない。彼に限らず、どうして此処の人間はあのような目で私を見るのか。
特別好かれたいわけではない、けれどもあそこまであからさまな視線は不愉快極まりなく、不安に駆られる。


「……ごめんね」


眼鏡の少年が小さく呟いた。
その視線のさきには赤黒く腫れた私の足首が映っており、彼の両目には薄く涙が溜まっていた。


「本当にごめんね……」


先程、きつく締められた足首に優しく触れる。
そして用意してくれたのだろう、薬と包帯で手際よく手当てを施してくれた。
どうして、この人は謝るの?
これは誰に対する謝罪?貴方達は酷いことすることなんて、何とも思っていないのでしょう?
なのにどうして?何故、謝るの。

私を油断させるつもりなのか、疑い深く彼の動向を伺う。


「あぁ、ヒビがはいってしまっている。……痛かっただろう?ごめん、きり丸のやつ、加減ってものを知らないから…………悪い奴じゃないんだよ」

「……では、良い人だと言うの」


少なくとも私にとっては彼も目の前の少年の"悪い人"になる。
自分の家族を殺されたのだ。
これから先、何があろうとも彼らが"良い人"になることはない。


「……ごめん、私、軽率だったね…」


自分の発言の落ち度に気付いたのか、彼は顔を青くさせた。
どうしてそのような表情をするのだろう。
これではまるで私が加害者みたいじゃない。
彼の方が泣きそうな表情をするなんて。
私を案じる態度に戸惑う。
此処にきてから受けたことがない扱いだった。皆、敵意や悪意の眼差しを向けていたし、私を乱暴に扱った。
彼みたいに私の身体を気遣い、心情を汲んでくれる人はいなかった。


「……貴方、おかしなひと」

「えっ」

「捕虜同然の私に一体、何を遠慮する必要があるの?他の人みたいに殴ったりすればいいじゃない」

「殴らないよ」


殴らない、きっぱりと彼は言い張った。
見違えるほど凛とした表情で力強く。
その威勢に思わず息を呑んだほど。


「だって殴られたら痛いでしょう」


殴られたら痛い。
そんな当たり前ことを彼が言うものだから、私は目を丸くしてしまった。


「痛い思いなんて、誰にもして欲しくないから……」

「それなら、何故私の家族を殺したの……」


そんな表情をするくらいなら、そんなことを言うくらいなら、涙を流すくらいなら、どうして父様と母様を殺したの。どうして兄さん達を傷付けたの。

どうして私を此処に縛り付けるの。

威勢をすっかりなくしてしまった彼は切なさを含んだ瞳で私を見つめた。
私の問には答えなかった。
優しい手が私の頬に触れる。数秒間そのままだった。不思議な、空間だった。
払おうと思えば、払えるほどの手だったのに、何故か私は動こうとしなかった。動けなかった。
こんなにも優しく触れる人が、どうして人を殺せるのだろうか。殺せるはずがない。

名残惜しそうに手を離すと彼は立ち上がった。


「待って」


声をかけるつもりなどなかったのに、勝手に口が開く。
発するつもりのなかった言葉がすんなりと溢れ出た。
引き止められた彼が振り返る。


「貴方、名前はなんていうの…?」


どうしてこんなことを聞いたのか、自分でもわからない。
必要のないことだったのに、どうして名前を尋ねてしまったのだろう。
彼も例外なく、驚いている。
けれども一瞬、きょとんとして彼は微笑んだ。


「乱太郎。猪名寺乱太郎だよ、智郁ちゃん」


そのこんな血なまぐさい場所には似つかわしい笑顔に、少し新たな希望を見い出せた気がした。

彼みたいな人がまだ居るかもしれない。私のことを理解しようとしてくれる人が居るかもしれない。


絶望するのはまだ早い。











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