Child soldier

□07:危うさと優しさ
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人間の笑顔がここまで気味が悪いと思ったことが今までにあるだろうか。
決して卑しい笑顔ではない。純粋な曇りない笑顔の筈なのに。
その表情からは安心感などは得られなくて。能面を被せたような不気味な笑顔は私を不安にさせるのに充分だった。


「なぁに?オジョーサマ、僕が怖いわけ?酷いなぁ、今日はただの見張りなのに」


にこり。首を傾げて彼は無邪気におどけてみせる。
その仕草一つ一つが大袈裟で人の神経を逆なでするような口調で振舞う。
この手のタイプの人間は下手に関わらない方がいいと思ったので黙秘を決め込むことにした。その態度が気に触ったのか、男は益々笑みを濃くして執拗に迫ってきた。


「あれ?無視?汚い鼠と口を利くと高貴な血が穢れるって?なにそれ差別ー?」


ああ、心外だなぁ、ほんとに。心優しい僕は囚われの身で可哀想な君を気にかけてあげようとしたのに。
そんな情け深い僕の好意を無下にするなんて。あぁ酷い、僕のココロは傷ついたよ、ねぇ君。

淡々と思ってもいない心情を述べて、わざとらしく眉を下げてまた笑う。
注意を反らそうとしてもこの癇に障る弁がどうしても頭から離れない。


「……三治郎さん、でしたっけ?なんなんですか貴方。私に用件があるんですか」

「用件?そんなのあるわけないじゃん。まぁ強いて言えば僕の用件はさっさと君を殺してこんな退屈な見張りとおサラバすることかなぁ。でも庄左ヱ門には逆らえないからねぇ」


その笑顔とは似つかわしくない物騒な内容に思わず身震いする。
つまりはこういうことなのだ。庄左ヱ門の判断一つで生きるか死ぬか、こうも簡単に決まってしまう。
今は彼の何らかの思惑で私は生かされているだけであり、もしかしたら明日にはもう私は死んでいるかもしれない。
あぁ、そうよ。私はもっと慎重にならなければならない。
よく考えて。考えるのよ智郁。ここから先において一度たりとも間違った選択は許されない。その一択が命取りとなるのだから。全ての思考を巡らせて。最も最善である選択をしなければならない。
そうしなければ、生きられない。


「あら?急に青くなっちゃってどうしたの?あ!もしかして怯えちゃったのかな?僕が殺したいなんて言ったから」


楽しそうに私の表情をのぞき込む。
小さな子供がするような無邪気な笑顔を張り付けて。
今までにないタイプの人間だ。どう対応していいかわからない。何が本心なのか、全く汲み取れないー!!


「ははっ、まぁまぁそんなビビんなくてもいいよ。今はまだ殺さないからさー。それよりさ、僕とゲームしようよ」

「……ゲーム?」

「ふふっ、心配しなくても手荒な真似はしないって。ただのカードゲームだよ。健全な遊びでしょう?」


唐突な提案に戸惑う。
どうしていきなり?何かの罠?そんな考えが頭を過る。
三治郎はカードケースを手にして目前で振り翳す。
ーーカードゲーム。健全は健全だが、彼が提案してくるとどうしても言葉通りは受け取れない。

迷っている私の腕を掴み、三治郎は半ば強引に誘導した。
返事をしたわけではないのに有無を言わさずゲームを開始しようとしている。


「ポーカーでいいよね?オジョーサマ」


手慣れた動作でカードをシャッフルする。
とても断れる雰囲気ではなかった。
まぁ、カードゲームくらいなら…。そう妥協して私は静かに頷いた。


「決まりだね。じゃあ、何を賭けよっか?」

「え、賭けるの?」

「えー?当然でしょ?リスクの伴わないゲームに意味なんてないよ」

「ま、待って。私、賭けられるものなんて何もないわ、一目瞭然でしょう?」


思い返してみれば、自分はまさに健全な範疇でしかカードゲームを楽しんだことがない。
経験も少ないし、兄たちに教わって嗜んだ程度である。


「問題はないよ。勝てばいいんだ。僕から全てを奪うつもりでね」

「でも、私は賞品に見合うものなんて持ってない」

「何も僕はモノが欲しいわけじゃない」

「……は?」

「変則ルールだ。先に強いものを出したら勝ちとしよう」


カードを揃え、床に置く。


「君が勝てば僕がここから逃がしてあげよう。ただし君が負けたら、そうだな………二度と逃げることができないように足の筋を斬らせてもらおうかな」


「じょ、冗談でしょう」

「冗談じゃない。極めて本気だよ」


勝てばいい。ただそれだけさ。それだけで君は此処から逃げることができる。信用ならないって?いや、できるんだよ、これが。僕なら君を逃がすことくらいどうってことないさ。


「それとも…………君は一度誘いに乗ったにも拘らず、この勝負を反故にするつもりなの?この僕との勝負を」


三治郎の目が鋭く光る。
口元は笑っているのに、怖い。少しゲームに付き合うつもりだけだったのに、何故いつのまにか一世一代の勝負に移行しているのか。


「でも」


この男に勝てる気がしない。
ここで首を縦に振るのはどうしても危ぶまれるのだ。


「…………覗き見なんて趣味悪いね、伊助」


ーーえ?

三治郎はドアの入口付近に視線を移した。
人の気配を感じて振り返ると、この間庄左ヱ門と会ったとき、彼の傍らに付いていた中性的な顔立ちの少年が私たちを見下ろしていた。


「あまり口車に乗せられない方がいい。強請りまがいの勝負を受けるなんて、賢明な判断とは言い難いな」


男性にしては少し高い、そして血の気の通わない声だ。
いつからそこにいたのか。全く気がつかなかった。


「強請りなんて心外だなあ。不利なルールを押し付けたつもりはないけど」

「そう?僕にはそう見えたけどね、三治郎。庄左ヱ門の判断に従わないつもり?」

「ははっ、だって伊助。退屈なんだよ。退屈で退屈で気が狂いそうなんだ。これくらいのスリルを味わうくらいいいじゃない」


咎める伊助をいとも思わず、愉快そうに口角を上げる三治郎。
しばらくして伊助は呆れたように息を吐いた。


「……いいだろう。その勝負、彼女じゃなくて僕が受けよう」

「へぇ」

「ただし僕が勝ったらその賭けは無効だ」

「ふーん。まぁ、いいや。……じゃあ始めようか」


……あら?待ってよどっちしろ伊助さんが負けたら、私は脚を斬られるのよね?
私の意志はどうなるのと、異議を申し立てたところで全ては遅い。
既にゲームは開始してしまった。

二人は素早くカードを取り、ちらりと表を見た。
どちらも見事なまでのポーカーフェイスを保っている。


「チェンジは?」


三治郎の問いに、伊助は首を振る。


「不要だ。このままでいい」
「……奇遇だね。僕も不要だ」


私は目を見張った。勝負は一回。
なのに二人ともカードをチェンジせずに、この勝負に挑もうとしている。
よほど強い役ができあがっているならまだしも、普通に考えればあまりにも不思議な行為だ。
そう、よほど強い役ができあがっているならまだしもーー。


「じゃあ、僕からオープンだ」


三治郎は事もなげに五枚のカードを開いた。


(ーーなにこれ?)



ハートマークの、その奇跡のような配列に私は言葉を発することもできない。
生まれて初めて、ロイヤルストレートフラッシュが揃う現場を見た。
負けた、と認識するよりも先に、続いて伊助がカードを開く。


「なら引き分けだ。賭けは不成立だ」

「えっ……」


ようやく喉奥から驚愕の声が出る。
伊助の手札は、スペードが綺麗に並んだロイヤルストレートフラッシュだったからだ。
ありえない。最強の役が同時に揃う偶然など、どう考えてもありえない。


「三治郎。もう下がっていいよ、あとの見張りは僕がする」

「ふふ、いい退屈凌ぎになったよ伊助。じゃああとは任せようかな。バイバイ、オジョーサマ」




状況を呑み込めない間にいつのまにか三治郎は姿を消してしまい、部屋には私と伊助だけが取り残された。
静寂がまた再び訪れた。


「……君は、自分の置かれている状況がまだわかっていないようだ」


深い皺を眉間に寄せて、伊助は呟いた。
棘を含んだ冷たい声が胸に刺さる。


「そ、その助けて頂いたことについては感謝するわ、ありがとう。でも、あの勝負は何だったの?一発勝負で二人ともロイヤルストレートフラッシュなんてありえないわ」

「ああ。普通ならありえない。けどカードをフラッシュしたのは三治郎だろう?」


私は頷いた。確かに私は見ていただけでフラッシュはしていない。


「イカサマだよ。最初から負けるつもりなんてなかったんだよ、三治郎は」

「え?」

「賢明な判断ではない、と言ったのはそういう意味だよ。僕等は手段を選ばない。イカサマを仕掛けるのが悪いのではなく、イカサマを見抜けないのが悪いというのが外の世界じゃ一般常識さ」


伊助の言葉に私は少しショックを受けていた。
いや、相手は人を殺しさえするのだから充分考えられたのだ。 しかし、甘美な条件に釣られて見誤った。
逃げることができるかもしれないーー。そんな気安さが油断を招いたのだ。


ーーしてやられた。


逃がしてあげるなんて、とんでもない。
三治郎のしたり顔を思い浮かべると、叫びたくなるほど悔しくなる。


「……私が馬鹿だったわ。改めて言うわ。代わりに勝負を受けてくれてありがとう」

「礼には及ばないよ。イカサマを仕込んだのは僕も一緒だからね」


やはり、と納得した。あんな偶然出来過ぎている。


「……けれども君は外の世界を知らなすぎる。生き延びたいんだろう?ならば現段階で動くにはまだ早い。もっと学ぶべきだ」


意外な言葉に驚く。
どうして敵であるはずの彼が私に助言をするのか。
それも逃げるためのアドバイスなんて。


「どうしてそんなことを言うの?」


さぁね。彼は無機質に答える。
先程の三治郎と比べてもいいほど真意が読み取れない。


「僕はただ、庄左ヱ門の言葉に従うだけだ」


その言葉に謎は深まるばかりである。












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