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□眠る美しさよ永遠に
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何故、人は一人では生きていけないのだろう。

何故、他人と添わずにはいられないのだろう。

何故、他人の温もりを求めるのだろう。

何故、己の血筋を残したがるのだろう。


何故、結婚なんてものが存在しているのだろう。


俺はそれが不思議で仕方がない。
紙ペラ一枚の上で結ばれた契約に何の意味があるのだろうか。
そこには愛も信頼もない。ただ互いを拘束するためだけの契約に過ぎない。
あんな薄っぺらく頼りない紙切れに自分の人生が左右されるなんて、納得できなかった。

勿論、世の中には数え切れないほどの人間が存在しているのだから、生涯伴侶を持たない人間だっている。
絶対に結婚をしなくてはならない、なんていう法律は定まっていないからだ。
恋愛とは個人の自由であり、結婚もまたそれに値する。


しかし立場上そうはいかない人間もいるわけで。


例えば一国の王子だった場合、跡継ぎのため結婚は必要不可欠なものとなる。
己の選択一つ一つに何億という国民の未来を背負っているのだ。独断で物事を進めればそれとともに何億もの命が動く。
何と息苦しい、何と生き苦しい、立場なのだろうか。

そんな見えない鎖で縛られた立場に自分はいるというのに。

何度、自分の立場を呪ったことだろう。何度、自分の誕生を恨んだことだろう。
望んでもいない、誰からも羨まれるこの立場。誰もが手を伸ばすこの地位。
そんなに欲しいのならばくれてやる。だから、早く、速く、誰か俺を解放してくれ。
何度願ったことだろう。



しかし無慈悲にもその願いが叶えられることは、一度もなかった。



今まで何かと理由をつけて結婚を拒んできた。そんな俺に両親は痺れを切らしたのだろう。
もう我儘を受け入れてくれそうになかった。だから、だから俺は旅に出た。
両親が相手を決めて連れて来る前に、自分から申し出たのだ。


「我儘は承知の上です。ですが生涯を共にする伴侶、そしてゆくゆくはこの国の母となるべき存在です。どうか最後の願いをきいていただけないでしょうか。俺は自分自身で相手を見極めたいのです」


俺が真剣に結婚について考え始めている、両親はそう感じたのだろう。
快く俺の願いを聞き入れてくれた。
全てを信じて息子の改心を心から喜ぶ両親に隠しきれない罪悪感を抱きながらも、逃げるようにして俺は城を去った。




風の便りで聞いた噂は信じ難かった。
薔薇の塔に眠る姫君、なんて誰が信じるものだろう。
それはもう目が映えるような美しさでーー。街の誰もがそう噂していた。

美しさなど、と俺は心の中で嘲笑った。
美しさなど、なんの価値もない。
俺が今までに出逢った美しい女達は皆、とんでもない下衆ばかりであった。
自分を美しく飾り立てることだけに必死であり、その心はあまりにも醜く、直視できない程である。

ーー所詮、女などそんなものだ。

王妃になりたいが為だけに俺の周りに群れる。
どこまでも狡賢い、卑劣な奴らである。ありもしない愛を口で囁いてはそんな自分に酔っている。結局は相手を通して自分しか見ていない、自分が一番好きな奴らばかりなのだ。

そう思っていた。そう思っていたんだ。






ーー名前、君に出逢うまでは。

信じ難い噂を頼りにたどり着いた薔薇の塔。その最上階で君を見つけたときのあの心情は形容し難い。

君という存在は俺の、女性、という世界観を大きく変えた。

美しい、そんな陳腐な形容詞では君の素晴らしさを語ることはできない。
今までに目にした女性の中で誰よりも美しく、誰よりも気品に溢れ、誰よりも、高潔であった。

まだ話したこともない彼女に一瞬にして心を奪われてしまった。
目の前に横たわる一人の姫君は他の女達とは違い、無駄に飾り付けようとはせず、ただ純白のドレスに身を包み、胸元に一輪の薔薇を咲かせていた。

その栄えるような赤から目が離せなかった。

彼女からは他の女達から溢れる低劣さは微塵も感じさせなかった。
どこまでも澄んでいて、世の中の穢れを知らない。彼女こそが探し求めていた女性だと本能が叫んでいた。


ーー彼女しかいない。


期待と希望を抱いて彼女の傍に添う。
その美貌に引き寄せられながら、目覚めの合図を送った。








眠る美しさよ永遠に
(君が瞳を開く少し前のお話)
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