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□狼さん私を食べて
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あぁ、なんと滑稽なのだろう。


仮面のようにへばりついた笑顔の下に隠れる歪んだ嘲笑を隠しきれない。
声をあげて笑ってしまいそうなのを堪えて必死に取り繕う。
それ程に、それまでに、目の前の少女は無垢であった。


時は遡り、数刻前。
暇を持て余していた私の前に運悪くも現れてしまった一人の少女。

始めに目を引いたのはその燃えるような赤。深い緑の中に不意に姿を現した赤。
そして少女が頭巾から顔を覗かせたその瞬間、身体中に衝撃が走った。身体が身震いした。

少女の表情。自己を主張する強気の赤い頭巾の下に隠された表情。
頭巾とは対照的な表情に全てを持ってかれた。
血の気を引いたような青白い顔に、今にも倒れてしまいそうな儚げな雰囲気を纏い、何かに怯えたような表情をしていた。


ーーー欲しい。


絶対に欲しい、そう感じた。
一度、欲しいと思ったら、止められなくなり、何がなんでも手に入れなくては気が済まない。
だから絶対にこの支柱に収める、そう決めた。少女に微塵の恐怖を感じさせないように仮面を被って近付いたのだ。


そして現状況に至る。


「そうか、ならば名前は婆さんの見舞いのためにこの森に?」

「ええ、そうよ」


すっかり私を信じきっている少女は清楚な笑みを浮かべて、話し続ける。
対して私は紳士的な対応で慎重に行動する。


「わざわざこんな森まで見舞いに来るなんてお前は優しいんだな」

「そんなことはないわ、ただお婆さんが心配で.....」

「いいや、尊敬するぞ..........ところで、そのバスケットの中には何が入っているんだ?」

「え?このバスケットの中身?え、と、確か、チーズ、ワインーー」


バスケットの中身を見せながら、説明する少女に自然と嗤笑を覚えた。
彼女の目は節穴なのだろうか。自分の目の前にいるのは紛れもなく狼だというのに。
少しも不信感を抱かずに、無防備に笑顔を見せる。彼女は人を疑うことを知らないのだろうか。
こちらとしては都合の良いことなのだが、あまりの純粋さに少し負い目を感じる。だからといって今更諦めるつもりはないのだけれども。


「お前に良いことを教えてやろう」


追い打ちをかけるように、私は罠を仕掛けた。
きっと真摯な少女のことだから、予想通りに罠にかかるに違いない。


「婆さんの家に行く前に寄り道をするといい。この近くで綺麗な花が咲いている花畑を知っている。それを婆さんの土産にでもするといい」

「本当!?」


勢いよく顔を上げ、目を輝かせる少女。
ああ、本当だとも。嘘などつかないさ。本当に綺麗な花畑だぞ。向こうに見える林檎の木を曲がった先だ。
指先で道を追って示すと少女は満足気に微笑んだ。


「ありがとう、貴方って親切なのね」


ーー親切。その言葉に思わず吹き出しそうになってしまった。
純粋無垢もここまでくると哀れに思えて仕方がない。
お前が親切だと言った狼にお前は食べられてしまうというのに!!
なんたる喜劇!!なんたる悲劇!!

無知ほど恐ろしいものはない。
その無知故にお前は己の身を危険に晒すことになるのだ。
私を恨んでくれるなよ。恨むなら疑うことを知らない自分を恨むんだな。


「じゃあ、ありがとう小平太さん、私は寄り道して行くわ」

「あぁ........くれぐれも気を付けて」


人当たりの良い笑顔を向けて控えめに手を振る。
どうせすぐにまた出会うのだ。遠のく少女の背中を見送って踵を返した。

名前が時間を潰している間に婆さんの家に行かなくては。
邪魔者を排除しなくては。メインディッシュはじっくり味わいたいだろう?そのためにも婆さんを除去する必要がある。
万が一という可能性もあるので、駆け足で森奥の家へと向かった。






その家は恐ろしく無用心であった。
鍵は掛かっておらず、まるで襲って下さいと言わんばかりだ。
あの少女といい、この家の者は無防備過ぎる。

ーーそれだから私のような悪い輩に付け入られるんだ。

古びた扉はギィ、と音をたてて静かに開いた。カツン、と音をたててベッドに近付く。
蹲っているのだろう。盛り上がった布団にそっと手を掛けた。そのまま勢いで布団を捲ってーーー。



目を疑った。




「遅かったじゃないの、待ちくたびれちゃったわ」


目の前にいるのは、婆さんではなく、先刻別れたばかりのあの少女。
しかしあの清純な雰囲気は存在せず、妖艶な情緒を纏い、気だるそうに前髪を掻き上げた。
その仕草一つ一つに思わず喉を鳴らす。
まるで別人だ。現状に頭がついていかなかった。
名前は花畑に居たはず、こんなところに居るはずがないのだ。第一、婆さんは何処にいるんだ。
様々な思考を巡らせた。


「小平太さん、いいえ、狼さん」


急に名前を呼ばれて自分でも驚くくらいに身体が反応した。
形成逆転。私の胸ぐらを掴むと息がかかる距離で、名前は挑発的に言い放った。


「さぁーーー









狼さん私を食べて
(罠に嵌ったのは君の方か、それとも私の方か)
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