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□魅惑の髪に口付けを
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"名前や、名前、お前の髪を垂らしておくれ"


呪文のように唱えられた言葉とそれに応じて伸びてくる黄金色の髪の束。
非日常的で驚異な光景を俺は木の影に身を潜めて見つめていた。

以前から気になっていた。
扉も窓もない、何処を探しても入口が見当たらない高塔。
空にそびえて真っ直ぐ建っている塔。
誰かが住んでいることは確かなのだが、生活の痕跡が全くといっていいほど無かった。
聴こえてくるのは美しい旋律と共に森に響きわたる歌声のみ。どうしてもその歌声の主を見つけたかった。
けれども毎回、この塔で行き止まりになってしまうのだ。


「まさかあんな仕組みだったとはな.......」


気付かない筈だ、と納得する。よくもあのような考えに至ったもんだ、と感心する程である。
老婆が登っていった塔をもう一度見上げる。


ーーー会いたい。


どうしても見たこともない彼女に会いたかった。誰もを魅了させる歌声の持ち主。龍の如く長い髪の持ち主。
会いたい、知りたい、そう思ったその日から頭の中は彼女で満たされていた。

きっと美しい娘に違いない。心優しい娘に違いない。
溢れゆく期待は留まることを知らない。名前、君のことをもっと知りたい。


老婆が姿を眩ませた後、俺はすかさず塔の下で、合言葉と思われる言葉を口吟んだ。


ーー名前や、名前、お前の髪を垂らしておくれ。


するするの降りてくる髪に手を触れた。とても柔らかい。
そして、躊躇した。
はたして、俺のような大の男がこの髪に触れてもいいのだろうか。美しいものはとても脆い。その脆さが俺はこの上なく、恐ろしい。

壊してしまわないだろうか。
無くしてしまわないだろうか。

恐怖と不安が交差する。
けれども、彼女に会いたい、その姿を一目見たい、という思いが何よりも勝っていた。
ここまで来たのだ。引き返すわけにはいかない。
迷いを捨てて、決心すると俺は離した手を再び伸ばした。




「何奴っ!!!!!!」


危機一髪。格子から俺を出迎えてくれたのは、美しい姫の笑顔でもなく、温かい抱擁でもない。
それは長くて鋭い、剣だったのだ。
顔面擦れ擦れに飛んできたそれを、替すことができたのは不幸中の幸いと言ってもいいだろう。


「お前は誰。どこの国の手先のものなの。答えなさい」


剣先が喉の上に刺さる。
九死に一生の状態だからだろうか。
心臓が激しく動悸している。脈も煩かった。
いや、違う。こんなにも、胸が躍るのは、身体中の血が騒ぐのは、目の前の女が、酷く、美しかったからだ。


「……あんた、綺麗だな」

「っはぁ?何を言ってるの、貴方は誰。此処に何しに来たの」


向けられるのは疑いの眼差し。
それさえ、俺の心を揺さぶるに充分だった。
想像していたのは、空高くの塔に幽閉された、儚げで繊細な姫君。
しかし、目の前の女は、凛として気高く、"姫"と言うよりも女王と呼ぶに相応しい。


「俺は竹谷。竹谷八左ヱ門。隣国の王子だよ」

「貴方が王子?信じられないわね。そんなボロ切れみたいな髪質をしていて、貧民の間違いでしょう」

「ひでぇ言われ様だな」


髪質が酷いのは事実。産まれたときからの付き合いなので、言い訳の仕様がない。
それに彼女の美しい髪を目に映してしまった後では、どのような髪も陳腐なものに思われる。
それまでに、彼女の髪は、彼女は、美しかった。


「なぁ、あんた、どうしてこんなところに囲まれてんだ?」

「……城がつまらなかったからよ。此処にいれば退屈しなくてすむ、ってお婆さんが言ったから」

「へぇ、お城の生活が退屈で家出してきちゃったわけねぇ」

「そうよ。私は退屈が何よりも嫌いなの。一度きりの人生よ、好きに生きたいじゃない」


ばっさりと、言い捨てる彼女は国を担うものにはとても思えない。
なんて自分勝手で、傲慢で、我が儘な女だろう。
こんな娘を持った王と后には同情する。
たがしかし、嫌いじゃない。
あくまでも、自分の心に素直で、己の意思を曲げない、その自尊心。全くもって、俺の好みである。

女はこうでなくては。

少し触れただけで手折られてしまう、そんな脆い花ならば、用はない。
僅かな棘を持ってこそ、花は美しいのだから。


「なら、俺と一緒に来いよ」

「それで?私になんの利があるの?」

「一生、退屈させない」


約束しよう。
此処から連れ出して。君が望む全ての世界を見せてみせよう。
君が望む全てのものを与えてみせよう。
俺ならば、如何なる時も君の心を満たすことができるだろう。


「ーーそれって」


彼女の柔らかな手が俺の頬を滑る。

そして、お世辞にも綺麗とも言えない俺の髪を掬って、口元に寄せた。



「とっても魅力的!!」









魅惑の髪に口付けを
(そして、彼女は飛び立った)

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