擬似恋愛

□11:名前のない感情
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予習は大事だと思う。


皆、俺のことを真面目とか言うけれども別にそんな大層なものではない。
俺だって優秀な孫兵やコツを掴むのが上手な作兵衛みたいに
一度で何でも成功させることができたなら予習なんかしないだろう。
けれども現実はそうも甘くはないので物覚えの悪い俺は人一倍の努力をしないと皆に追いつかない。
試験に落たくはないし、落第して級友達と共に進学できないのも嫌だ。
全て自分の望みのために行っている。
だから当たり前のことをしているだけでそれ以下でもそれ以上でも何でもない。
俺にとって予習とはそういうものであった。


「けれどやっぱり浦風は真面目だよな」
「尊敬しちゃうわ。毎日続けることは簡単ではないもの」
「偉いと思うよ。君みたいな人は滅多に見ないな」


皆が俺のことをを認めてくれるのは正直に嬉しい。
けれども俺という人間が皆の中でどんどん美化されていくのが嫌だった。
「偉い」とか「凄い」「尊敬」というのは一見、聞こえはいいけれど
その言葉で一線置かれているような気がして周りと距離を感じた。

本当の俺は違うのに。
俺はただ自己満足のために行っており、
誰のためでもない。ただ自分だけのため自分が大切だけなのだ。

そんな自己中心な俺を勝手に出来た人間みたいに言わないで欲しい。
そう言われるたびに俺は後ろめたくなる。


「浦風くん元気ないね。疲れちゃった?」


自分よりワンオクターブ高い声に気を戻す。


「いや、大丈夫。ごめん少し考え事をしていて」
「考え事?」


恥ずかしそうに教科書を手に抱えて山田さんが勉強を教えて欲しいと頼んで来たのは一刻前ほど。
特に用事も無かったので俺は承諾した。
彼女に頼まれて勉強を教えていたはずなのについ考え込んでしまった。


「大したことじゃないから気にしないで。さぁ次の問にいこう」
「う、うん」


気を取り戻して勉強を再開する。
しかし一度考え込んでしまうとなかなか頭から離れず集中できなくなってしまう。
俺は器用ではないから一度に二つのことに取り組むことは出来ない。
その様子を彼女に読み取られたのだろうか。
山田さんは筆を机の上に置いて「あのね、」と口を開いた。


「最近のことなんだけれど浦風くん作兵衛の様子がおかしかったことは知っていた?」


いきなりの話題に驚く。
今の状況と作兵衛にどのような関係があるのだろうか。


「うん。少し変だなって感じていたけど今は違うよね?」
「そう。ーー私は気付かなかった。気付けなかったの」


彼女の表情に目を奪われる。
山田さんってこんな顔もするんだ。
いつも笑っているから知らなかった。


「作兵衛が悩んでることを知って、それに気付けなかった自分に後悔した。
大切な人の元気がない時は力になりたいと思うでしょう?」

「そうだね」


ーーー大切な人、か
確か彼女と作兵衛は幼馴染みだった。
小さい頃ころから互いに支え合っていた仲だ。
大切な人に間違いはないだろう。


俺だって数馬が悩んでいる時は力になりたいと思うだろうし
気付くことが出来なかったら少なからず落ち込むだろう。
だから彼女の言葉には同意できる。


「だからね、浦風くんがもし今悩んでいるなら力になりたい」
「え、」
「私の勘違いだったらごめんね。浦風くん悩んでるんじゃないかな、って思って」


やはり俺の様子は彼女に伝わっていたらしい。
山田さんは本気で心配してくれているんだと思う。
けれどもこの感情を彼女に打ち明けるのは気が引けた。


「気持ちは嬉しいけどーーー」
「違う。違うよ、浦風くん。私って自分勝手で我儘な人間なの。
自分が後ろめたい気持ちになりたくないだけ。ーー自己中心な女でしょう?」


そう言って笑う彼女に心を動かされた。
彼女なら、山田さんなら他の人とは違うかもしれない。
「真面目」というひと括りに納めないかもしれない。
そんな僅かな期待が心に芽吹いた。


「なら俺達、似たもの同士だね」
「え?」
「知ってた?俺だって随分我儘で自己中心な人間なんだ」


そう言うと山田さんは嬉しそうに笑った。
「そうだね」と言いながら。




全てを話し終えた後、俺は不安になった。
いきなりは重すぎたかもしれない。
数馬にもこんな話はしたことがなかった。
彼女に話すべきではなかったかもしれない。

けれども彼女の様子は話を始める前と何一つ変わらず、真剣に俺の話を聞いてくれる彼女に安堵した。


「浦風くん、予習は好き?」


唐突に尋ねられた言葉がそれだった。

始めは戸惑ったけれどよく考えてみると、
予習を始めた切っ掛けはたわいのないことだったかもしれないけど、
もともと勉強があまり嫌いではなかったから苦痛ではなかったし、
予習していた問題が授業に出たりすると優越感を感じていたのも確かだった。
だから予習は嫌いではない。むしろ好きなんだと思う。


「うん。好きだよ」


言った後にしっくりくる。
うん。やっぱり予習は好きだ。


「なら、いいじゃない」
「え?」
「周りには勝手に言わせておけばいい。好きなことに理由はないでしょ?
浦風くんは他人のために予習してるわけじゃない。そう言ったよね?
自分のためにしているんだって。なら、尚更周りのことなんて放ってけばいいんだよ」


普段の彼女からは想像できない強気な言論に気圧される。
俺の中の山田さんはいつもどこか俺に気を使っていて、儚いイメージがあった。
以前、それを作兵衛に言ったら
「雛が儚い?んなわけねぇだろ。アイツは怖えぞ」
と腹を抱えて笑っていた。
今ならその意味が分かるような気がする。


「浦風くんは、色々気を背負いすぎてるんだよ。
私だったら逆にどんどん美化されてラッキーって思っちゃうなぁ」

「そんなことに距離を感じる必要はないよ。
それで周りと距離を感じてしまうなら、数馬は孫兵、作兵衛、三之助、左門、
そして私はーー貴方の何処にいるの?」


威勢のよかった口調は段々弱くなり、その瞳の奥は不安げに揺れていた。

山田さん、君はーー
俺には君がよく分からない。
急に強気になったと思ったらすぐに弱気になったり。

けれども、だからこそもっと知りたいと思う。


「数馬や作兵衛達は俺の大事な友達だよ。
そうだね、周りのことなんて気にしないよ。俺には俺のことちゃんと分かってくれる人がいるからね」


彼女の言う通りだ。
自己中心なら中途半端ではなく、もっと我儘でいよう。

そう宣言した俺を見て山田さんは「その意気だよ!」なんてはしゃいで言った。
そんな彼女の姿に微かに愛しさが湧いて、気付いたら体が勝手に動いていた。
彼女の手を取り距離を縮めると彼女は驚いて身を引いた。
けど逃げられないように腰をしっかと固定する。


「そして山田さん、君はーーー俺の此処にいるよ」


だからさっきのような悲しい表情はしないで欲しい。
始めはただの同級生で作兵衛の幼馴染み。
という認識しかなかった。
けれどもこの前の実習といい、今日といい彼女は俺の常識をいとも簡単に覆す。
そのたびに俺は戸惑って行き場ない感情に困惑した。
けど、今日確かに分かったことは彼女はもうただの同級生ではないということ。
それしか今の俺には分からない。


「俺、山田さんに恋人を頼んで良かったよ」
「か、からかわないで下さい!!!あと、手を、その」


顔をそれはもう爆発するんじゃないかってくらいに赤くして叫んでいる。
その姿に胸の底から何かがこみ上げる。

しかし、意外とこの状況も悪くはない。


「浦風くん!!!ほ、本当に勘弁して下さい」
「え、何が?」
「浦風くん!!」


今はまだ彼女に対するこの感情に名前をつけることは出来ないけれど
急に焦って答えを探さなくてもいいと思う。
僕等にはまだそれを見つけるまでの時間はある。
だから、今は彼女とはこのまま上手くやっていければいいと思っている。



今は、ね。







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