擬似恋愛
□13:暁に溶けた声
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実家に呼び出されたのは昨日のことだった。
呼び出された内容はほぼ検討がついていた。縁談のこと、だ。
私宛に山程の縁談がきている、とか相手は身分の高い家柄の方だ、とかまるで私が嫁にいく準備ができているかのように母が言うので、とてもウンザリしていた。
だから乗り気な両親には申し訳ないが、私は言ってやったのだ。
ーー心に決めた相手がいる、と。
その人のことが好きだから縁談は受けることができない。
そう言うと、まさか私が断るなんて予想もしてなかっただろう。
両親は驚いた顔をして、私を見つめた。
そして直ぐに真顔になって、相手は誰だ。名のある家のご子息なんだろな、と私に詰め寄った。
忍術学園の生徒です。とても真面目で誠実な人。彼以外の人と結婚するつもりはありません。
きっぱりと断言した私に両親は、なら相手を連れてきなさい。山田家に相応しい殿方か私達で見極める、と言った。
いいか、来週の週末だ。
その日にお前が想っている相手をつれてきなさい。
「本当にごめんなさい」
「そんなに何回も謝らないで、俺は全然平気だよ」
「いいえ、本当に浦風くんに申し訳なくて、こんな私事に巻き込んでしまって」
「もともと、こういう約束だったじゃないか。俺だって何れにせよ、頼むことなんだ」
「そうだけど・・・」
来週の週末、なんて急な無茶振りを浦風くんは快く受け入れてくれた。
私の心はなんともいえない、罪悪感で埋まっていた。
あの浦風くんに恋人の役を頼むなんて私は恐れ知らずなんではないだろうか、と思う。
浦風くんのご両親にも申し訳ない。
「や、やっぱり作兵衛に頼もうかな」
作兵衛なら気兼ねなく頼めるし、小さな頃からの付き合いということで、両親も納得してくれるかもしれない。
私の言葉に浦風くんは直ぐに反応し、ガラッと顔色を変えた。
「山田さん」
「は、はい?」
拗ねたような、不満げな表情に私は戸惑った。
こんな表情、浦風くんらしくない。
「山田さんの恋人は誰?」
「え、」
「誰」
普段の温和な優しい口調ではなく、強いその言いように私は気圧された。
有無を言わせない、そんな感じだ。
「う、浦風くん?」
「なんで疑問系なの」
「だ、だってーー」
本当の恋人じゃない。
縁談を破棄するためだけの、偽者じゃない。
そう言いたかったけど、言葉にすると虚しくなるような気がして、口篭った。
「俺だよ」
「山田さんの恋人は俺だよ」
まるで本当の恋人みたいに浦風くんが言うので、私は驚いた。
自分に言い聞かせるような物言い。
「だから作兵衛に頼む必要なんてない。作兵衛は山田さんの幼馴染み。それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そうだよね?」
同意を求める眼差しに私は無意識に頷く。
「ならいいじゃないか。山田さんの家には俺が行く。ーーいいね?」
言葉を発するまでもなく、私は首を縦にコクコクと振った。
先程とは180°一転した態度に何と言っていいか分からなかった。
けれども、肯定したあとの浦風くんがあまりにも優しく微笑んで、私に、週末の練習をしなくちゃね、なんて言うのだから、もう、どうだってよくなってしまった。
「来るのが遅かったじゃないか」
「と、途中で道に迷ってしまいまして」
「道に迷うって、貴女、自分の家路じゃないの」
「あ、あははは」
「まったく、お前ってやつは。ーーーそれで、そちらが?」
「え、ええ、こちらが先週私が言った、」
「お初にお目にかかります。浦風藤内です」
流石は作法委員。
浦風くんの作法にはそつがなく、上品で、完璧だ。
行儀見習い、という項目で忍術学園に入学した私なんかよりも、その作法には磨きがかかっていた。
両親も思わず、見とれるくらいに。
「浦風、と言ったらあの甲賀の?」
「仰る通りで」
「それは、・・・ならば名のあるお家柄ですな」
「山田家ほどではありまけんよ」
「まぁ、そんなにご謙遜なさって、浦風家と言ったら有名ではありませんか」
「恐縮です」
私は目の前繰り広げられる事態を目を丸くして見つめることしかできなかった。
ーー凄い。浦風くん、凄い。
ウチの両親とまともにやりあえるなんて、並大抵の人では無理だ。
笑顔でポーカーフェイスを崩すことなく、会話している。
浦風くんに褒められて父も母も満更でもなさそうだ。
「こんなにしっかりした方、何故、ウチの雛なんかと?」
「雛の良い人にしては、出来すぎですわ」
なんか、って、実の娘にそれはないんじゃないか、と心の中で突っ込む。
浦風くんはこの質問にこたえられるのだろうか、と横目で浦風くんを盗みみた。
「山田さーー、雛さんは僕にとって太陽のような存在です」
「彼女はどんな時でも何事にも全力で取り組みます。たとえその結果が望んでいるものでなかったとしても。
そして、相手を理解しようとします。稀に相手を気遣い過ぎて、自滅になりがちになるときもあります。
けれども絶対に諦めない、僕は、雛さんのそういうところに惹かれました」
恥ずかしげもなくスラスラとけれども一語、一語、慎重に述べていく浦風くん。
「自分で自分が分からなくなったとき、救ってくれたのが彼女でした。彼女は僕に、もっと我儘でいい、そう言ってくれました。
その言葉は太陽の光のように、暗かった僕の心を照らしてくれたんです。
彼女から学ぶことは多く、僕の糧となります。彼女の傍にいたい、もっと知りたい、そう思いました。
僕はそんな彼女をーーー愛してます」
ーー愛してます
浦風くんの口から出てきたその言葉はあまりにも自然で、空気に馴染んで溶け込んだ。
私何を言われたのか理解するまで数秒かかった。
父と母は黙ったまま浦風くんの話を聞いて、それから互いに顔を見合わせて頷くと、浦風くんに向かって頭を下げた。
「世間知らずな娘ですけど、よろしくお願い致します」
「か、顔をあげて下さい!!」
信じられない、父と母が頭を下げるなんて。
「浦風さん、貴方になら安心してうちの娘を託せます、後生です、どうか幸せにしてやって下さい」
浦風くんの肩を抱いて、頼む父と涙ぐんで二人を見つめる母。
浦風くんは一瞬黙り込んでから、何かを考えるようにして、はい、と頷いた。
「誓います。雛さんを必ず幸せにすると」
そんなお願い、きいてしまってもいいの、と私は心の中で尋ねる。
そんな誓い、守れないじゃない。
勘違いしてしまいそうになる。
浦風くんがよくわからない。本気なのか、やっぱりこれも演技なのか、
現実との区別がつかなくなってしまう。
私は切なくなった。
学園への帰り道、私はなんとなく気まずくて何も言えないままでいた。
両親はとても喜んでおり、浦風くんは二人にすっかり気に入られてしまった。
「山田さん、疲れちゃった?」
自分だって疲れてくせに、浦風くんはこんな時まで私を気遣ってくれる。
嬉しいのだけれど、素直に喜ぶことができない。
愛してる、とか、幸せにする、とか言われて私はとても嬉しかったし、その後、虚しくなったのに、浦風くんは行きと何も様子が変わらず、普段通りだった。
さっきまでは名前で呼んでくれたのに、いつのまにか苗字に戻っている。
それらが無性に悲しくて、ついポロリと言ってしまった。
「浦風くんって、演技上手いんだね、びっくりしちゃった」
言ってしまった後にハッとする。
恐る恐る浦風くんを見る。私を心配してくれたのに、この言い方はない。凄く、嫌な子。
浦風くんはキョトンとして私を見つめて、それから困ったように眉を下げた。
心外だな、
と浦風くんが呟いた。
「演技なんかじゃ、なかったんだけどな」
「・・・え、」
聞き取れなくて私は聞き返す。
けど、なんでもないよ、と言って浦風くんは歩きだした。
もしかして、しっかりと聞き取れなかったけど、
と、考えかけて辞めた。
期待をすると、後が虚しくなるだけ。
浦風くんは今日、大事な時間を私の為に、使ってくれたのだ。
それだけで充分。よしとしよう。
「本当に演技じゃ、なかったのになぁ。やっぱり簡単には伝わらないか」
誰かの声が、夕焼けの空に溶けて消えた。
その主はもちろんーーー
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