擬似恋愛

□19:過ぎる鈍感は罪ゆえに
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終わりを告げたときの彼女の表情が頭から離れない。

絶望したよう目で俺を見つめていた。
そんな瞳で俺を見ないでくれ、これ以上君を傷付けたくないんだ。
罪悪感から逃げるようにして俺はその場を離れた。
涙を流したまま動けないでいる彼女を置き去りにして。


やっぱり俺は最低な奴だ。
傷付けなくない、なんてあくまで相手を思ったような理由をつけて本当には怖かっただけだ。
自分の無力さを思い知るのが嫌だった。彼女が俺を庇って倒れたあの瞬間、あの瞬間の絶望感を味わいたくなかった。
また、繰り返すのが嫌だった。


あの後、彼女はどうしたんだろう、とか、やっぱり作兵衛の下へ行ったのだろうか、なんて自分から別れを告げたくせに、気になって仕方がなかった。
頭の中は彼女のことで一面になっていて、消えなかった。
彼女の残像が消えない。彼女との思い出が消えない。彼女の声が、顔が、姿が、消えない。



「藤内」



「っ!!!ーーーー・・・作兵衛」


聞きなれた声がして、咄嗟に振り返る。
熱中して考え込んでいたせいか、後ろの気配に気付くことができなかった。
いや、相手が気配を消していたのかもしれない。

作兵衛はいつになく真面目な表情をしていて、何を考えているのかは読み取れなかった。


「藤内、お前ぇ、雛と別れたのか」


何分か押し黙ったあと、作兵衛は重々しく口を開いた。
俺はどうして作兵衛が知っているのか、と疑問を抱いたが瞬時に理解した。あぁ、彼女が言ったのか。
ということはあの後、彼女は作兵衛と会っていたのだ。

ーーーなんだ。

胸の底からどす黒い何かが湧き出てくるような気がして、非常に気分が悪くなった。

けれどもこの心情を作兵衛に知られるのも癪で俺は平静を装った。


「そうだけど、どうしてだい?」


何とでない、そんな風に言ったので作兵衛は眉を潜めた。


「どうして、ってお前ぇ、こっちが訊きてぇよ、なんでアイツと別れたんだよ」
「どうして作兵衛に言わなくちゃいけないんだ?これは俺と山田さんの問題だろう?」


作兵衛は彼女の幼馴染みだ。二人の間には俺の知らない歴史がある。測りしれない絆がある。
ならば、もういいだろう。いいじゃないか、俺にだって少なからずだけれども彼女との歴史がある。
そこにまで干渉して欲しくない。入ってきて欲しくない。
例え、それが別れ話だったとしても。


「それゃそうだけどよ、理由がはっきりしねぇと納得できねぇだろ」


納得?納得も何もない。彼女が、山田さんが好いているのは紛れもなく作兵衛、君なんだから。
むしろ作兵衛は喜ぶべきなんじゃないだろうか、なんたって彼女は今、独り身なんだから。


「いくら恋仲のふりってだけでも急に別れ話なんかされたらアイツもたまったもんじゃねぇだろ?」


思いもよらない事を言われて狼狽した。そして次の瞬間に冷水を被ったのかのように頭が一気に冷えた。

彼女はそんなことまで作兵衛に話していたのか。
なんだ、作兵衛は知っていた。最初から知っていたんだ。
知った上で俺と彼女を見ていたんだ。

ーーー馬鹿馬鹿しい。
浮ついていた過去の自分がどうしようもなく馬鹿馬鹿しく思えて仕方がなかった。


「・・・・・・俺に何させたいの?」


自分でも驚くほど冷たい声だった。


「藤内?」
「そうやって、そうやってお前は、何時でも彼女のこと知ったように」


糸が切れたかのように口が動いた。
今まで言えなかった不満がどんどん流れ出てきた。


「今までだってずっと心の中で嘲笑ってたんだろ?いい気味だって、自分は偽物の契約なんてなくたって彼女の傍にいられる、って
いつだって、自分のもののように振る舞って。
だいたい山田さんも山田さんだ、俺以外の奴のことは呼び捨てにするくせに、俺ばっかり"浦風くん"って他人行儀だし、」
「おい藤内、お前、何言ってーー」

「作兵衛には関係ないだろっ!!!!黙ってろよ!!!俺と彼女ことに首を突っ込むな!!!」


息を切らして、自分でも自分が制御できない。普段の俺だったら声を荒げることはない。
作兵衛も目を丸くして俺を見つめていた。


「おい、藤内、お前ぇ今日おかしいぞ」


心配するように作兵衛が俺の肩に触れようとしたが、咄嗟に振り払ってしまった。


「触るな」


「・・・・・藤内」


もう、どうでもよくなってしまった。
もう、どうでもいい。


「もう、うんざりだよ、なんだって言うんだ。自分にも、彼女にも」

「・・・雛は関係ねぇだろ、アイツが何したっていうんだ」


作兵衛の顔色が瞬時にして変わり、その声は少し怒りを孕んでいた。


「俺なんか放っておけば、よかったんだ。馬鹿みたいに、怪我なんかして、後先考えずに」
「ーーどういうことだよ、アイツはお前のために」


止めろ、止まれ、止めてくれ、これ以上何も言いたくない。
作兵衛、止めてくれ。じゃないと、俺は、言ってはならないことを言ってしまう。


「迷惑なんだ。迷惑なんだよ、そういうの、彼女が庇ってくれなくたって俺はどうにでもなれた」
「・・・・・藤内、てめぇ」


ーーー止まれ!!!!


「もう、いいよ、今回のことはいい勉強になった。将来のための良い予習にもなったーー」


急に胸ぐらを掴まれて、思い切り頬を殴られた。
あまりの衝撃に地面に尻餅をつく。

驚いて顔をあげると今までに見たことがないくらい怒りに満ちた作兵衛が拳を震わせて立っていた。


「ふざけるなっ!!!!!!」


「ふざけんなよ、てめぇ、アイツが、雛がどんな想いでいるかなんて知らねぇくせによ」


俺の前でしゃがみこんでもう一度俺の胸ぐらを掴む。
口が切れて血が流れていたけれど、俺はただ呆気にとられることしかできなかった。


「嘲笑う?いい気味だ?っは、それは俺の台詞だっていうんだよ、てめぇこそいきなり現れたくせして全部掻っ攫っていったじゃねぇか、笑わせんな」




「自分のもの、とか言うけどな、最初から俺のものなんかじゃねぇんだよっ!!!」




叫ぶ作兵衛の表情が泣きそうで、俺は戸惑うしかなかった。


「・・・・作兵衛」

「・・・いいか、アイツもお前の予習好きに付き合ってるほど暇じゃねぇんだ、お前にその気がないなら、もう雛に近づくな」


静かにそう言って作兵衛はそっと立ち上がった。


「・・・・・藤内、殴って悪かったな」


去り際にボソッと言って作兵衛は去っていった。

一人残されて、ぼんやりと作兵衛の表情を思い返す。
泣きそうな、苦しそうな、表情。
まるで彼女に別れを告げたときの自分のようだった。そして、疑問が解けた。





ーーあぁ、そうか、そうなんだ。





作兵衛も彼女のことが好きなんだ。





そして違和感を感じた。




ーーーえ?作兵衛も?
そんな、も、なんて、まるでーーー。





「あぁ、俺、山田さんのことーー」





自分の鈍感さに、呆れてものも言えなかった。数馬が言っていた意味がやっとわかった。
作兵衛に殴られるまで、気付かないなんてーー。

そして自分の愚行に今更ながら気付く。

なんてことを、してしまったんだ。
なんてことを、言ってしまったんだ。
彼女に、気持ちを伝えずに別れを告げてしまうなんてーー。


頭で考えるよりも、足が動いていた。


伝えなくては、今すぐ、彼女に、伝えなくてはーー。






ーー俺は、山田さんが好きだ。




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