色は匂えど

□プライド
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気に食わない。


私の同室であり、同級生の潮江文次郎は鍛錬馬鹿と言っても過言ではないくらいに毎日欠かさず鍛錬し、
学園一忍者している男である。
寝ている時でも常に10kg算盤を常備しており
目の下にもはやトレードマークとでもいえる隈がある。
その隈はやはり睡眠時間を削り鍛錬に取り組んだ勲章である。
彼にしてみれば三徹、五徹は当たり前。
とにかく日々ギンギンに一流の忍者になるための努力を惜しまない奴なのだ。

そしてコイツは何よりも忍者の三禁を重んじる奴だった。

何故、過去系なのかと言うとこの頑固で融通が効かない男も遂に恋に落たからだ。

私には言いはしなかったが六年の付き合いだ。
文次郎が同学年のくのたま山田雛を好いていることは一目瞭然だった。
切っ掛けは何だったのだろう。とかあの女の何処に惹かれたのか。
と思う節は多々あったが、私の心には黒い感情が渦を巻いた。

私達は同じ志しを持って今までやってきたのではないか?
まだ学ぶべきことは山程あるはずだ。
女などに現を抜かしていいのか。
お前は今、三禁の中で忍者が最も恐れる色に嵌っているのではないか。


山田と話している時の奴の緩んだ表情がとても不快だ。
最上級生ともあるヤツが、女相手に鼻の下を伸ばして、情けない。
それが奴等くのたまの色の術だったらどうするつもりなんだ。
もし、山田が敵の忍者だったら間違いなくお前は殺されているぞ。
危機感を持て。たまごといえど、忍者としての自覚を持て。

山田が何も害のない人物だということは理解している。
アイツはくのたまでは稀にみる良い奴だ。
けれども、許せなかった。

だが私の想いとは裏腹に文次郎と山田の距離は次第に縮まり
一週間前、ぐらいだったろうか。
二人は晴れて恋人同士となった。

この話を文次郎本人から聞いた時は少なからず衝撃を受けた。

文次郎、お前は一流の忍者になるのが夢だと語っていたな。
自分の人生には女なんて必要ない。
必要なのは豊富な知識と武力、そして私達のような同じ夢を持っている友人だけだと。

そう語ったのは嘘だったのか。

だが私は喉まで引っ掛かっていたその言葉を口にすることはなかった。
ただ笑って、そうか上手くやれとでも言っていた。
本心では同じ忍者を志す者として反対するべきだと思った。
万が一、今愛し合っていても卒業して就職し敵対関係になったらお前は躊躇うことなく山田を殺せるか。
そう言おうとした。

だけど、言えなかった。
文次郎の幸せそうな顔を見たらとてもそのような残酷なことは言えなかった。
結局は私も文次郎のことをどうこう言える立場ではないのだ。




「仙蔵」
「なんだ」



日はとうの昔に沈み寝所の準備をしていた時だった。
夜の鍛錬に向かおうとした文次郎が不意に足を止め名前を呼んだ。


「お前、最近やけに大人しいなーーー何かあったのか」


言い方こそぶっきらぼうだったが、その言葉には確かに心配をする心情が表れていた。


「ーーーいや、どうやってお前と山田をからかってやろうかと思ってな」
「・・・・茶化すなよ」
「そう、怒るな。そんな顔ではお前の愛しい恋人も逃げていく」
「仙蔵」


本気で自分を心配している文次郎に心の奥を悟られまいと取り繕う。


「あの小平太でさえ心配していたんだ。何かあったんだろう」


あったさ。
けれどもそれをお前本人に打ち明けるほど私も愚かではない。


「そんなこといちいち気にするな。お前は山田のことでも考えていろ」
「あいつは今関係ない」
「しつこい男は嫌われるぞ」
「仙蔵」


「俺には話せない悩みなのか」


「俺はお前にとって信頼に足らない人間なのか」


そう告げる文次郎の表情は暗く、傷ついたようだった。


「ーー誰もそんなことは言っていないだろう?お前のことは信頼している」
「ーーなら」
「だがな文次郎」


「言えないんだ」



困ったように微笑んだ私に対して文次郎は呆然と立ち尽くしていた。


そうだ。
言えるはずがない。
お前も知っているように私はプライドが高く、自我の誇りを持っている。
そんな私がお前に醜態を晒せるとでも?
答えは否。
お前と共にある山田が羨ましいなど口が裂けても言えない。
そんな私だからこれから先も一生見栄を張って生きていく。


だが、少し、少しだけでも
山田のように全てを曝け出してお前と接することが出来たなら




道を違えることはなかったのだろうか。




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