色は匂えど

□厄介なのです、優しい人は
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自意識過剰。
充分理解しているつもりである。自分が特別なんて思い込んではいけない。
私だけ、なんて期待してはいけない。
特別なんかじゃない、そんなことはありえない。


だって、だって彼は、加藤くんは、誰にも平等に優しいのだから。


その優しさを私だけに向けてくれている、なんて戯けた勘違いなどはしていけないのだ。
毎回教材運びを手伝ってくれる、とか必ずすれ違う度に挨拶をしてくれる、とかそれだけで浮かれたりなどしてはいけない。

ほら、今だって。

優しい加藤くんは女の子達と楽しそうに会話している。
容姿端麗で、スーポツ万能。ちょっと頭が悪いのが偶に傷だけど、誰にも優しくて何時もクラスの中心にいる。
加藤くんは沢山の人を引き寄せる。彼の周りは常に笑顔で溢れている。

そんな彼は非常にモテる。

年上から年下まで。密かにファンクラブがあるほどに。
世の中は私みたいに単純な女が多いのだ。少し話し掛けてもらえたから、といってすぐに勘違いをする。
もしかして私のこと......などという愚かな勘違いをするのだ。
そんなことありえはしないのに。絶対にありえない。


彼に好きになってもらいたい、など浅ましい考えは捨てるべきなのだ。
望みが持てない未来など期待してはいけない。現実は少女漫画のようにはいかないものである。

そう、きちんと理解しているのに。

いつも目で彼を追ってしまう。話し掛けられる度に少しでも一緒にいたくて会話を引き伸ばそうとしてしまう。
無駄なことだと、解っているはずなのに。
彼の優しさが、また私に滑稽な勘違いをさせるのである。気がないのならば話し掛けないでほしい。笑顔を向けないでほしい。優しくしないでほしい。
しかし、それが出来ないのが加藤くんである。
彼に非はないのに、彼を責められずにはいられない。
貴方のその軽はずみな言動が誤解を招くんです。これ以上私みたいな可哀想な女を生み出さないで下さい。
皆、馬鹿だから勘違いするんですよ。
多くの乙女心を踏みにじっていることを彼は知らない。


彼を諦めたいのに、諦められない。
私が諦めようと決意した次の瞬間に彼は優しく声を掛けるのだ。
加藤くんにとっては私はただのクラスの一員で、ただ近くにいたから話し掛けるそんな存在。ちっぽけな存在。

少しのことで舞い上がっている私に対して彼は普段通り。報われない。
私の心の中で悪循環が続く。負の輪廻から永遠に抜け出せない。

誰も居ない放課後の教室が、暗みを帯びてきた夕焼けが、私を嘲笑っているように思えた。
窓に写る自分の姿が歪んで、より一層心を曇らせた。


「あれ?まだ残っている人居たんだ」


覚えのある声に胸が高鳴る。
机に伏せていた顔を勢いよく上げて、教室の入口に視線を移す。


「........加藤くん」

「お、山田さんじゃん」


先程できていた涙の膜を拭って、私は平常を装った。
明るく活気溢れる彼にこの澱んだ空気を感じてほしくなかった。そういった気は彼に相応しくない。
それにこんな自分を感じ取って欲しくない。


「加藤くん、忘れ物?」

「そうなんだよ、現国のノート忘れちゃってさぁ、土井先生に怒られちまう」


早く提出しないとなぁ、なんて笑って机の中を探る加藤くん。
彼が背中を向けている間に私は心を落ち着かせた。早く次の言葉を探さないと。
二人だけの空間なんて滅多にない。この時間を無駄にしてはいけない。
そう焦れば焦るほど頭には何も浮かばなかった。


「お、あった、あった」


その言葉に身体が反応してしまう。
行ってしまう。待って、そう口にしようとして思い留まった。
待ってーー、その後に何と言葉を繋げたらいいのだろう。何をすればいいのだろう。
こんな所で彼の道を阻んでまで言わなくてはいけないことなどあるのだろうか。意味はあるのだろうか。

答えは否、彼に迷惑を懸けるだけだ。



「.......山田さんさぁ」



教室を出る際に何を思いついたのか加藤くんは踏み止まった。



「何か悩んでるなら、相談してよ、力になるからさ」


俺じゃ頼りないかもしれないけどな、そうくしゃりと笑って、気恥ずかしそうに素早く加藤くんは教室を去った。
彼の言った言葉を理解するのに数秒かかって、呆然と彼の去ったドアを見つめていた。


これだから、これだから、


脳裏に浮かぶ彼の笑顔を噛み締めて、私は深く溜息をついた。
本当に狡い人。どこまでも狡くて、どこまでも優しい人。そんな彼だから、どうしても嫌いになれないのだ。





厄介なのです、優しい人は
(そして愚かな勘違いをしてしまう)
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