色は匂えど

□不確かな烙印
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*尾浜くんが酷いです






「ねぇ、今度いつ来てくれるの」


仄かに煙草の匂いが広がるマンションの一角。皺だらけになったベッドのスーツに包まり、ありがちなドラマの台詞を吐き捨てた。


「ハハ、何それ、昼ドラの影響?」


愉しそうに声を上げて笑う目の前の男は、丁度白いシャツのボタンを閉め終わったところだった。肩にジャケットを羽織り、椅子に掛けてあるネクタイから視線をこちらへと促した。
ネクタイを締めるのは私の役目となっており、彼は絶対に自分ではやろうとしない。私も断る理由もないし、習慣となってしまったそれに今更、文句を言うこともなかった。


「はぐらかさないで」


気だるい気持ちを抑えて、起き上がりネクタイに手を伸ばす。
責めるように彼を見据えて、またお馴染みの台詞で彼を追い込む。
重たい空気の中で、彼だけが異様であった。いつもと変わった様子は見られず、読めない笑顔を浮かべていた。
さりげなく腕を腰に回して、宥めるように腕を滑らせた。


「今日、機嫌悪いね、どうしたの」


甘ったるい声で、首を傾げる男に反吐がでそうになる。
どうしたの、なんてよくその口で言えたものか。今日、私と合う前に何処に居たの、何処に、誰といたの。
私が気付かないとでも思っているの。だからそうして笑っていられるの。
今日だけじゃない、貴方はいつも、いつもそう。他の女の匂いを纏ってる。


「.....私は、勘右衛門の何?」


重い言葉だって理解している。
けれども口に出さずにはいられなかった。
勘右衛門はまるでそう言われると解っていたようだった。そして用意されていたかのように口を開いた。


「何って.......雛は俺の彼女だよ」


彼女。そんな言葉で私が納得するとでも思っているのだろうか。
じゃあ、貴方の彼女って一体何人居るの?何人の女にその台詞を吐いたの?
腕の位置が腰から背中に移って、抱きしめられた。その手つきが幼児をあやしているようで私は無償に腹が立った。
そんなものが通用するとでも?

私は貴方の都合の良い女じゃないのよ。
私は貴方の玩具じゃないの。
人間なのよ、感情だってちゃんとある。悲しい時は泣くし、腹が立つ時は怒るの。私は貴方のお人形じゃないのよ。

解ってないのよ、貴方は。
他の女を抱いたその身体で私を抱くなんて。神経を疑うわ。隠しているつもりでしょうけど、私、ちゃんと解るのよ。

解らないのよ、貴方が。
その読めない瞳の底で何を考えているの。いつになったら私だけを愛してくれるの。いつまで待てばいいの。

解らない、解ってくれない。


「俺が愛してるのは雛だけだよ」


嘘つき。彼は嘘つきだ。それも相当タチの悪い。
嘘をつくことなんて、なんとも思っていない。澄ました表情で本当のように嘘をつく。


「.......違う」

「雛?」


「本当は私のことなんて愛してないくせに。勘右衛門が愛してるのは私じゃないわ、貴方が本当に愛してるのはーーー」


ーー貴方にとって都合の良い女だけ。
その先を制したのは勘右衛門の唇だった。言わせない、というばかりに言葉ごと呑み込んでしまった。

そうやって、そうやって何もかも隠そうとするんだわ。
たったこれしきのキス一つで私が大人しくなるとでも?貴方はいつも言い訳にキスを使う。私の叫びすら聞こうとしない。
私自身を否定されているようでこの瞬間が切に辛かった。
こんなもの、何も意味などないのに。
こんな愛の形など望んでいないのに。


愛の欠片すら感じられない無意味なこの行為に確かなものなど存在しない。
それはあまりにも脆く、あまりにも頼りない。

そう、彼の唇が物語っていた。






不確かな烙印
(そうやってまた誤魔化される)
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