色は匂えど

□さよならグローリア
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「もう、泣き止めよ」


何度目か解らない介抱に困惑の情を隠しきれないまま僕は彼女の肩に手をかけた。
この台詞だって何度口に出したか解らない。でもその度に彼女は、だって、でも、と後に続かない接続詞を零し、一向に涙を止めようとはしなかった。


「っ、ど、どうして......い、いっ、も、う、上手く、いか、な、いの」


どうして、なんて今更過ぎる。
幼馴染みの僕が言うのもなんだけど、雛には恐ろしく男運というものがない。好きになった男には必ず相手が居たし、付き合う男はどうしようもない奴ばかりで。
ある時は浮気されて、ある時は暴力を振るわれ、難ある男ばかりを引っ掛けるのだ。しかし、そんな相手とは長く続くわけもなく、一ヶ月も経たないうちに結局は破局するのがオチだった。


「....、お、おか、しいと、思っ...たの、さ、最近、態度が、へ、変だっ、か、ら」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を両手で覆って、雛はより一層声を張って嗚咽をする。途切れ途切れに苦しそうに咳き込むので僕はゆっくりと背中を摩ってやった。
.....あぁ、今回は浮気が原因か。雛の口調から破局の元凶を推測し、相手の顔を思い浮かべる。確かに浮気をしそうな奴だった。
それ以前に女遊びの激しい男だったような気がする。それはクラス中が周知のことで勿論雛も知っていた筈なのに。忘れてしまったのだろうか。絶対にこうなると解っていたから、今回だって僕は止めたのに。
雛は僕の言うことをきいた試しがない。


「い、いつ、も、こうな、る、.....こ、こんな、す、好き、なのに、い、つも」

「解った、解ったから。落ち着けよ」


いつものように優しく宥めてやると、いつものように雛は僕の胸に飛び込んできた。
振られると雛は必ず僕に泣きついてくる。昔からずっとそうだった。どうしようもなくなった時、必ず泣き喚いて僕の所に来るのだ。その度に僕は手を差しのべる。
何度同じ目に遭っても雛は学習しようとしなかった。振られては泣いて、泣いてはまたどうしようもない奴と付き合う。

自ら辛い選択をし、その予想通り傷つく雛。心体共にボロボロに傷ついて、数え切れない程の涙を流した。
同じ輪廻を繰り返す幼馴染みが哀れに思えて仕方がなかった。その姿に同情しない者はおそらくはいないだろう。本当に哀れで、救いようのない。


ーーけれども僕は雛よりも哀れで救いようのない奴を知っている。


そんな負の連鎖を繰り返す不憫な女に、恋焦がれる惨めな男を。
残念なことに、その男は女にとって幼馴染み以上でも以下でもない。 女にとって男は対象外だったのである。
それなのに今も昔も変わらず男は女を想っているのだ。なんと報われない気の毒な因果だろう。
だから今だって男は、僕は女を、雛を見捨てることなく、支えるのだ。いつだって手の届く距離で彼女を見守っている。


「っ、く、で、伝七、わ、わた、し、ど、どう...し、ら、い、の」


僕のシャツを弱々しく握りしめて、顔を埋める雛の肩にそっと手を添える。
どうしたらいいか、なんてどうしてそんな簡単な問題の答えを見い出せないのだろうか。とても簡単で、手っ取り早い解決法があるというのに。
けれども優秀な僕と違って雛はどうもその答えに辿り着くことは出来ないらしい。よく考えれば直ぐに解ることなのに。
雛、僕は知っているよ。お前が傷つかないで幸せになれる方法を。お前を決して泣かすことがない男を。お前を幸せにしてやることができる男を。知っているよ。

泣き晴らして赤く腫れた瞳を向けて、雛は僕の答えを待っていた。


「.....教えてやろうか?」


涙で濡れた両頬を包んで僕は確信した。
きっと僕でなれば雛を笑わせることはできない。僕でなれば雛を幸せにすることができない。僕でなければ駄目なのだ。彼女に相応しいのはこの世界を探したって僕一人だけに違いない。だから他の男では上手くいかない。


「それはーーーー」


雛、君にこの想いを受け止めて貰えるのならば、僕は全てのプライドと栄光を捨てたって構わない。
今から紡ぐ言葉は神に捧げる賛歌などではない。これはただ一人君のみに捧げるーーー。










さよならグローリア
(だから、早くこちらへおいで)
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