色は匂えど

□哀と愛の境目で
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「また。まただよ、三之助」

「......は?」

「また山田さんのこと見てる」

「.........マジで?」


俺と視線を合わせずに、首元のジュンコを愛でながら孫兵は頷いた。
そんな、と顔を上げるとまた、追うように視線を先程まで向けていたところに戻してしまった。そんなつもりなんて、これっぽっちもないのに、無自覚に目がいってしまう。

やっぱり好きなんじゃないの、孫兵が心底どうでもよさそうに呟く。いや、有り得ない。絶対に有り得ない。断固否定して、首を横に振ると、また振り出しに戻る。
好き、なんてそんな可愛い恋愛感情を俺が彼女に抱く筈がない。第一、俺は彼女と言葉を交えた記憶さえない。クラスだって今年初めて同じになった。

それに失礼だが、ハッキリと言わせてもらうと..........好みじゃない。

ハッと目を引くような美少女でもなければ、特別優れているわけでもない。
この学校に模範生というものが居るのなら、それはまさしく彼女のことを言うんだと思う。一言でまとめると地味。地味過ぎる。膝下丈のスカートにおさげ頭なんて一体、いつの時代だよ、なんて突っ込みたくなってしまう。

そんな山田雛と俺は対照的と言ってもいい。
頭のてっぺんから足の爪先まで校則違反の塊で、誰の目から見ても真面目な生徒には見えないだろう。
それに自慢ではないが俺はモテる。今までの人生で一度だって女に不自由したことはない。好きなだけ選べるし、選り取りみどり。だから、彼女に惹かれる理由なんて何処にもない。何回も言うが、有り得ない。


「じゃあ、どうして何時も山田さんのこと見てるの」


追い打ちをかけるように孫兵か言った。
そんなの、俺だって知りたいよ。何故、彼女に目がいってしまうのか。彼女に恋情なんて抱かない。なら、彼女から目が離せない理由はーー。


「可哀想なんだよなぁ、山田さんって」


自分でも驚くくらい唐突に言葉が零れでた。頭で考える暇もなく、ポツリと発してしまった言葉。何故、こんなことを言ってしまったのか、自分でも定かに解らない。目の前の孫兵も釈然といかないような表情で俺を凝視していた。
けれども不意に落とした発言は、意外にも俺の心情の的を射るくらいに、しっくりと頭に馴染んだ。

あぁ、そうか山田さんって可哀想なんだ。

まるで複雑な鍵の掛かった箱を開けたような感覚。彼女を追ってしまう理由がこうも簡単に解ってしまった。


「......可哀想?」

「うん。可哀想」


そう。俺は知っている。
不思議に感じたことはあった。こんなにも毎日、彼女を目で追っているのに、彼女と視線が噛み合ったことは一度もない。初めは鈍感なのか、と思っていたけれど、答えはとても簡単なるものだった。
彼女の視界が俺を映そうとしなかったからである。俺が彼女を見つめるように彼女もある人物を見つめていたからだ。その熱い視線が注がれる人物を俺はよく知っていた。
だからこそ。彼女の姿が不憫に映ったのだろうか。その先にある彼女が報われない理由を俺は知っていたのだから。

あんな物静かで、この賑やか過ぎるクラスの中では霞んでしまいそうな彼女の秘めたる想いなんて、誰も気づきやしない。気付くはずがない。この俺以外は。
叶う筈もない想いを抱いたまま、叶わない理由も知らないまま、それでも追い続けることを止めない彼女の瞳。

本当に可哀想。可哀想で、痛々しくて、気の毒で、惨めで、本当にーーーー。


腹立たしい


早く気付けばいい。自分の今の姿がどれほど無様であるかを。
早く諦めればいい。惨めな想いを抱くことを。
本当に苛々する。その視界を180°反転させてしまえば、そこには俺が映るというのに。彼女は前を向いていて、俺も前を向いていて。彼女が少しでも振り返れば俺が居るというのに。俺が彼女を追って、俺ではない誰かを彼女が追うなんて、そんなの不合理だ。
理がおかしい。


なぁ、孫兵だってそう思うだろ?
山田さんって、本当に可哀想。後ろを向けば報われるのに、前しか向けない。
何時までも同じ所で踏みとどまって。前は向いているのに、前には進めない。あぁ、可哀想。本当に可哀想だ。


「.........なぁ、三之助」


孫兵の鋭い視線が身体に注がれる。
その瞳には哀れみと微かに同情の色が混ざっているような気がする。
何を言われるのか、解っていた。だからこそ、どうかその先を紡がないで欲しい。認めることはできない。認めたくない。
その思いとは裏腹に容赦なく彼は口を開いた。



「やっぱり、山田さんのこと好きなんじゃないの」











の境目で
(本当に可哀想なのはどちらか)
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