色は匂えど

□不器用な少年少女への助言
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本当にいつも素直じゃないと思っていたけど、天邪鬼もここまでいくと救いようがない。
伊達に十数年も親友をやっているわけでもないので、彼の性格はよく知っている。彼は自分の気持ちに素直になるのが苦手らしい。些細なことで人の怒りを買ってしまったり、人に誤解されやすいところがある。だから思っていることと逆のことを言ってしまうことを多々ある。
こういうタイプの人間は好きな子ほど虐めてしまうのだと思う。



「だからといって、今回のは流石に無いよねぇ」



責めるように目線を下に移すと、その先の人物は苦虫を潰したような、なんともいえない表情で膝を抱えた。
態度を伺う限り、反省しているのが解る。だって、でも、などの言い訳が出てこないのが何よりもの証拠だ。
この悲惨な落ち込みように同情はするけれども今回ばかりはお痛が過ぎた。彼の言動は一部において裏目にでてしまう。


「なんであんな事言ったのさ、雛、可愛かったじゃん」


その一部が僕らの幼馴染みであり、いま僕の隣で後悔している兵太夫の彼女の雛だった。
本当は目に入れても痛くないほど可愛がっているくせに、彼は雛本人を前にすると刺々しい態度をとる。今回だって、腰まであった髪の毛を肩までバッサリと切ってしまった彼女に対して悪態をついた。
素直に可愛いと言えばいいものを、照れ隠しのつもりなのか、彼の口から出てきた言葉は雛を傷付けるには充分だった。

まぁ、素直になれないのが兵ちゃんなんだけど、流石に言い過ぎてたなぁ。
きっと僕が女の子で雛の立場だったとしても傷付ていただろう。案の定、雛は涙の膜をつくって走って去ってしまった。


「今頃、団蔵あたりに泣きついてるんじゃないのかなぁ」


そういえば団蔵って昔、雛のこと好きだったよね、わざとらしく付け足して言うと、分かりやすいくらいに兵太夫の身体が反応した。きっと内心焦っているに違いない。兵太夫は彼自身が思っている以上に雛のことが好きだから。
これはもうひと押しかな、と鎌をかけてみる。



「少しくらい素直になってみてもいいんじゃない?」



じゃないと僕が奪っちゃうかも。

冗談混じりに笑うと、突然兵太夫が立ち上がった。どうしたの、と問いかけると小さな声で彼は「......忘れ物」と呟いた。


「....忘れ物したから、とってくる」


忘れ物、ねぇ.....それはさぞかし大きくて大切なものなんだろうね。意味あり気に呟くと、あからさまに顔を赤くして兵太夫はそっぽを向いた。そして絞り出すような声で言った。



「いくら三ちゃんでも雛は渡さないから」










兵太夫の背中が完全に見えなくなるまで見送ったあと、僕は後ろの空き教室の扉に視線を移した。


「...........だそうだよ、雛」


愛されてるねぇ、とからかうと先程の兵太夫と同じくらいに顔を赤くした雛が顔を出した。


「これで許してくれるかな?兵ちゃんも反省してるみたいだし」

「さ、三ちゃん、私、」

「ごめんね?兵ちゃん恥ずかしがりやさんだから。雛があまりにも可愛すぎてあんなこと言っちゃったんだよ」


以前よりも軽くなった髪を撫でて、不器用な親友代わりに許しを乞う。
僕の言葉にますます顔を赤くさせた雛は居ても立ってもいられなくなったのだろう。勢いよく顔を上げた。


「わ、私、も、もう一回、兵太夫のところに行ってくる!!!」

「うん。そうしてあげて。きっと今頃必死になって探してるだろうから」


こくり、と頷いて雛は先程、兵太夫が走っていった方向に向かって駆け出した。
僕はさっきと同様にその背中を見守る。この様子だときっと二人とも上手く仲直りできるだろう。まったく、なんて手の掛かる幼馴染みなんだろう。僕がいなかったら、二人ともどうするつもりなんだろう。
.....いや、あの二人なら僕がいなくたって上手くやれるだろう。なんたって僕の幼馴染みなんだから。

部外者はさっさと家に帰って大人しく結果報告を待つことにしよう。
数分後の彼等の姿を想像して無意識に口元が緩むのがわかった。
きっと小さな声で目線を下に落としたまま兵太夫が謝って、雛がそれを優しく宥めて。
そして顔を赤くして少し素直になった兵太夫がぎこちなく「髪型、似合ってる」なんて告げる。その時、雛はーー。


それはまるで華が綻ぶかのよう。
彼女は嬉しそうに笑うだろう。








不器用な少年少女への助言
(そんな二人が大好きなんだけどね)
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