お前の顔が醜いのではない。 お前の心が醜いのだ。 雛、お前が私に放った言葉だ。忘れもしない。初めて出会った時、お前は「私、鉢屋くんのこと好きじゃないの」なんて言ったな。初対面の人間にそこまではっきりと本音を吐き出すのはお前ぐらいだと思う。その言葉通り、お前は私を嫌っていた。あぁ、私もお前が嫌いだった。大嫌いだったよ。顔を合わせる度に悪態をついて、お前と関わった日は本当に不幸だった。それなのに実習でペアを組むときは、必ずと言っていい程、お前と組んだな。私は相当、くじ運が悪かった。自分の運の無さを呪ったよ。 お前の何処が嫌いだったか? それは、そのよく回る口先だ。ベラベラと余計なことを喋る、その減らず口だ。 『鉢屋くんってさ、周りのことは見えてるのに、自分のことは全然見えてないんだね、そういうとこ、嫌い』 『本当は誰も信用していないくせに、自分は信じて欲しい、って思ってるでしょ。それって都合良すぎ。そういうとこ、嫌い』 『いつも誰かに成り済まして、絶対に本当の自分を見せようとしないよね。秘密主義?そういうとこ、本当に嫌い』 他の人間が言うことならば、何の気にも止めない素振りをしてその場をやり過ごこことができた。 けれども何故かお前の物言いには頭に血が昇って、らしくなく怒鳴ったときも多々あった。そんな時、お前は一瞬、悲しげな目をして立ち去った。その目が嫌いだった。まるで私一人が悪者になったような気分だったよ。お前の責めるような目が嫌いだった。全てを見透かしたような目が嫌いだった。 『私は、あいつに何かしたのだろうか……』 『ふふ、山田さん、素直じゃないからね』 『笑い事じゃないぞ、雷蔵!!素直とかそういう問題じゃないんだ!!あんなに私の事が嫌いなら話しかけなきゃいいだろう!?私には、雛の考えてることがわからない』 『……三郎、君は本当に鈍感なんだね。自分以外のことは鋭いのに』 ドキリ。内心、少し焦ったよ。雷蔵がお前と似たような事を言ったものだから。でも、あの時の私は雷蔵が何を言いたかったのか、お前が何を思っていたのかなんて、分からなかった。分かろうともしなかった。 だって、お前は私のことが嫌いで。私もお前のことが嫌いで。お前は、私のことが、大嫌いだった筈なのに。 『鉢屋くん』 『私、明日、色の実習なの』 『…………だからなんだ』 『…………』 『雛?』 『相手が鉢屋くんじゃなくて本当に良かった。鉢屋くんだったら身体、傷物にされそうだし』 『……私だって、お前なんかお断りだよ』 『……本当に嫌い、大嫌い』 その声が震えていたのは、私の思い違いだったのだろうか。涙を堪えているような表情は、見間違いだったのだろうか。 何故か苛立ちが止まらなくて、それをただ、お前が嫌いだから、という理由にこじつけていた。 お前が嫌いだった。 実習だからといって、男に体を委ねるお前が大嫌いだった。 嫌いだから、嫌いだから、イライラして、腹が立って。 『お前の顔が醜いのではない。お前の心が醜いのだ』 どうしようもなく、腹が立って。 『っ、や、鉢屋く、なにす、る』 『いいじゃなか。今までいろんな男に抱かれてきたんだろう?』 『っ!!、それは、実習で!!』 『黙れ』 『んぅ!!、はち、待っ、』 『どうだ、雛、嫌いな男に犯される気分は』 『っ、あ、う、嫌い、っ』 『……あぁ、私も嫌いだよ』 酷く、気分が良かったよ。いつも、私のことを馬鹿にしているお前が!!私の下で!!あられもない姿で!!啼いている姿を見ているのは!! けれどもその後に襲ってきたとてつもない後悔はそんな良い気分とは計り知れないほど大きかった。 嫌いな筈なのに。大嫌いな筈なのに。酷く、胸が痛んだんだ。 『鉢屋くん』 けどお前はまた私に話し掛けてきて。 いつものように、私が嫌いだと囁いた。なぁ、お前は私が嫌いなんだろう?また犯されたいのか。なんて真面目に言ってみても、 『鉢屋くんのこと大嫌いだよ』 なんて言って、微笑んだ。 まるで錯覚してしまいそうな笑顔に私は混乱した。本当に嫌いなのか、って思ったくらいだよ。 お前、本当に私のことが嫌いなのか。 「……鉢屋くん」 「喋るな」 深い深い森の中で、雛の苦しそうな息切れと、嗚咽だけがこだまする。あぁ、援護はまだ来ないのか。早く、頼む、早くしてくれ。 「はち、や、くんの、っ、は、心、は、みに、く、な、っ、いよ」 「もういいから、頼む、黙ってくれ」 血が、血が止まらないんだ。もう随分長いこと、流れているのに一向に止まる気配がない。駄目だこれ以上は。止まってくれ。 「ごめ、っ、ん、ね」 「雛!!」 もういいから、これ以上喋ると。 なんて、なんて馬鹿な奴なんだ。私を庇うなんて。嫌いな奴を庇うなんて。お前、私のこと嫌いなんだろう?どうして、どうして。なあ、雛、どうしてなんだ。 「っ、嘘、だ、から」 私の袖を掴んで、一生懸命何かを伝えようとしている雛。 その血塗れた掌を私は強く強く、握り締めた。こんな時でさえ、私はお前が何を考えているかわからない。でも、今回は、分かりたいと思う。 「っ、はち、やくん」 もう、限界に近かった。いや、とうに限界を越えていたかもしれない。いつ、こと切れてもおかしくなかった。 なぁ、雛、お前の本当の気持ち、教えてくれ。お前は常に、何を思っていた? 「っ、す、き、っだい、す、……だっ、た、の」 今までにないくらい、最高に彼女は微笑んだ。そしてその直後に、雛は、息を絶えた。たった一瞬の、出来事だった。 その言葉の意味を理解するのに、一体どれだけの時間が経っただろうか。 "好き。大好きだったの。" 彼女は、確かにこう言った。嫌い、ではない。私のことが!!好きだと!! 「雛」 名前を呼ぶ。雛は応えなかった。眠ってきるかのように目を閉じている。 「雛」 眠っている身体を起こして、抱き締める。酷く、冷たかった。身体を揺すっても目を覚まさない。冷たい。 「雛っ!!!!」 もう、雛は目を覚まさないのだ。もう、一生、私を嫌いだと言った声を聞くこともない。認めない。認めたくない。 お前、そんなのあんまりじゃないか。 言い逃げって、どういうことだよ。なんだよ。私は一体、どうすればいいんだ。一人、持て余したこの感情を一体、どうすればいいんだよ!!!! 雛の顔が、雛との思い出が、次々と頭に浮かんでは消える。雛、お前だけだ。私の全てを見抜いていたのは。図星だったんだ。だから、とても腹が立った。本当はお前が他の男に抱かれるのも、嫌だった。凄く、気に入らなかった。だって、私は、 「お前のことが、好きだったから……」 口に出して、初めて自覚した。 雛、雷蔵、お前達の言う通りだよ。俺は自分のことなど、全然見えていなかったんだ。 私は、雛のことが好きだったんだ。 Lovery Lonery Foolish (愛らしき孤独な愚か者) |