綺麗な顔が好き。線の細い身体が好き。高い声色が好き。素直じゃないところが好き。私にしか見せない笑顔が好き。 アイドルみたいな端正な顔立ちの田村くんは、クラスの女子なんかよりも可愛い。 思わず嫉妬してしまうようなスタイルの良さはいつ見ても変わらない。 その上優秀で生徒会にまで入ってる。まるで少女漫画のヒーローみたいじゃないか。ここまできたら周りの女子は迂闊に近づけない。そんな恐れ多いことは誰もできない。普通の女子ならば、彼の持つ圧倒的なオーラに怯んで隣に立つことなどできない筈なのだ。それ以前に田村くん自体が人を寄せ付けない存在感を放っていた。 彼が緊張の糸を解くのは委員会のメンバーや同級生の数少ない友人の前だけだった。 だから田村くんは高嶺の花。一般女子が手を出すことは御法度。 凛と咲く一輪の花は目で愛でる他ない。 でも私は違う。 「いや、女子とこんな話したのは久しぶりだよ。山田とは気が合いそうだな」 「そ、そうなの?」 「あぁ。なんかクラスの女子には避けられていると思っていたから」 「えー?そんなことないよ」 「いや、ほんとに。でも山田とはいい友達になれそうだな」 「え、本当に?嬉しいなぁ」 ほら、だって知らないでしょう、一般女子諸君。 田村くんってこんなふうに笑うの。猫みたいに笑うのよ。耳を少し赤く染めて、控えめに笑うの。 遠目から伏し目がちに彼を見ている貴女たちは知らないでしょう。絶対に知りっこない。もしかしたら一生知ることがないかもしれない。 「潮江先輩が卒業なさると困るんだよ。だって、そしたら次は僕が生徒会を引っ張っていかなくちゃならないだろ。第一、高校の卒業式は早いと思わないか?中等部は三月半ばなのに」 「先輩が卒業しちゃうのが寂しいの?」 「ち、違う!ただ、僕は忙しくなるからっ」 「‥‥素直じゃない」 貴女たちは知らないでしょう。 一見、クールな彼がこんなに可愛い人だなんて。本当は寂しいくせに、最もらしい理由をつけて誤魔化すの。でも嘘がバレバレ。こんなにも分かり易い嘘をつくの。 貴女たちは知らない。知らない筈。だって、私だけが知っている。 私しか知らない田村くんだもの。 そう、彼は私の青春の全て。 高校三年間、彼にこの青春の全てを注いだ。 その輝かしい記憶は私の一番の宝物で、一生消えることはないだろう。 青春の中の私と田村くんはキラキラ眩しくて。私しか知らない田村くんで優越感は溢れていた。幸せが、満ちていた。 ねぇ、一般女子諸君、今の私を見て貴女たちは何を思うのかしら。 「結婚するんだ」 私しかしらない筈の田村くんの左手に光る祝福の証。 彼はこんなふうに笑う人だったかしら。おかしい。こんな田村くんは知らない。高校を卒業して何年経った?知らない。田村くんがどんどん変わっていく。私の、知らない。 「来月、結婚式なんだ。高校時代の友達には一通り招待状を出したんだけど、ほら山田は大学県外だっただろ?住所がわからなくてさ。あぁ、でもよかった、伝えることができて。山田は数少ない女友達だったから是非、出席して欲しくて」 何を、期待していたのか。久しぶりに会う彼にどうして淡い思いを抱いていたのか。わからない。目の前に居る人は誰? 綺麗な顔が好きだった。線の細い身体が好きだった。高い声色が好きだった。素直じゃないところが好きだった。私にしか見せない笑顔が好きだった。 あぁ、あの青い春が全てを呑み込んでしまえばいいのに。 青春は彼を殺してくれない (所詮、私も一般女子) |