なんということでしょう。

□9:怒らせてはいけない
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「ちょww雛wなんなのwwその跡」
「噛まれた」
「事情後?」
「違うやい」


放課後、私は何故か一組の教室で兵助と勘ちゃんに捕まり、事情聴取をされていた。


「え、誰に?なんで?」
「へ、兵助、そんなに顔を近づけないで貰えるかな?それと尾浜、テメェいつまでも笑ってんな」
「だって、雛に色っぽい話とかw全然結びつかないw」


廊下を歩いていたところ急に両腕を掴まれて、拉致された。
どこぞの誘拐犯かと思ったらこの二人だったのだ。

まぁ、誰でもこの顔についた歯形を見れば勘違いしてもおかしくはないだろう。
外を歩くたびに注目の的となり、顔から火がでるような思いをした一日だった。
心の中で何度この歯形をつけた張本人を呪ったことか。
本人はとても満足そうな顔をしていたけれど。


「で、一体誰につけられたの」
「Kwsk!!」


「・・・・お兄ちゃん」


そうこたえると、兵助は急に立ち上がり、勘ちゃんは興味深そうに目を輝かせた。


「ちょ、近親相姦、七松先輩パネェw」
「そんな・・・雛の豆腐のような真っ白な清純が怪我されてしまったのだ・・」

「お前ら変な妄想やめろ」


どっかの誰かみたいに思考回路が暴走して方向音痴になっている二人を遠い目で見つめる。
面白おかしく、勘右衛門は茶化しているが、その冗談はシャレにならない。
あの人、七松小平太ならやりかねない。
普段の兄の粗暴な態度も思い返し、身震いする。
兵助は兵助で、自分の世界に浸っているし、本当に勘弁してほしい。




「でもなんで?なんだかんだで七松先輩って雛のこと超大切にしてるじゃん?」
「絶対雛には手を上げないよな」


二人で顔を見合わせて不思議そうに顔を傾げた。


「それは・・・・暴君の逆鱗に触れたといいますか」


非常に言いづらく私は昨日の出来事を語りはじめた。






斎藤タカ丸バナナ野郎が兄に余計なことを吹き込んだため、その日私は非常に帰りづらく、夜遅くまではっちゃんの家に転がりこんでいた。

時計の針もかなり進み、流石に兄も寝ているだろう、と思い私は帰宅した。
家の明かりは全て消えていて、私は完全に安心しきっていた。


『ただいま・・・』


なるべく音をたてずにゆっくり家の扉を開けた。
そのまま忍び足でリビングに向かう。
リビングもやっぱり真っ暗で私は明かりを点けようとスイッチを押そうとした。

その時だった。

足を物凄い力で掴まれて体が反転した。
その強い力で押さえつけられてソファに倒れ込む。私を押さえつけている何者かは全体重をかけて私の上に覆い被さっていた。

もしや泥棒?なんて考えが頭に浮かんで一瞬焦ったが目の前にある顔をみて、その考えは無くなった。


『こんな時間まで、どこで何をしていた』
『お、お兄ちゃん・・・』


その声色だけで、兄がとても怒っていることはすぐわかった。
獣のように目をギラつかせて無言の圧力が私にのしかかった。


『は、ははははっちゃんの家にいました。ご、ごめんなさい』
『そんな軽い謝罪で私が許すとでも?』
『で、ですよね』


や、やばい。これは相当本気で怒っていらっしゃる。
隠しきれていない、いや、隠そうともしていない殺気が私を襲う。


『雛』
『は、はひっ』


緊張のあまり声が裏返る。
兄の視線があまりにも怖くて顔を逸らそとした直後、頭を抑えられた。


『私から目を背けるな』


その目はより一層に怒りを孕んでいて、私は兄から目が離せなくなった。
何倍にも凄みを増した威圧感に、無意識に涙が瞳に膜をつくった。


『斎藤タカ丸と付き合っているのは本当か』

『は・・・?』

『本当なのか、と訊いているんだ。嘘をついたり、隠し事をしてみろ、今この場で犯す』
『付き合ってません付き合ってません付き合ってません付き合ってません』


首がとれるんじゃないか、ってくらいに全力で横に首を振り、否定する。
いや、小平太さん?それ犯罪ですよ?法律的にアウトですからね?
私達、兄妹ですから。そういうこと、ダメ。ぜったい。


『そうか。嘘ではないな?』


体に穴が開くんじゃないか、ってくらいに私を見つめて確認する兄。
私は再度コクリコクリと首を縦に振った。

するとさっきまで部屋中を満たしていた殺気はすっかりなくなり、目の前にはいつも通りの笑顔の兄がいた。


『なら、いい。今日はもう遅い。早く寝ろ』


その言葉で私はやっと解放された。

ま、マジで怖かった。
今日ほど自分の人生の終わりを感じた日はなかった。
我が兄ながら七松小平太、恐るべし。


兄の怒りが収まったのを心の底から安堵し、私は立ち上がった。

あぁ、本当に怖かった。
これこそ絶体絶命。やはり兄に勝る人物はこの世の中に存在しない。
無事に命をながらえたことを噛み締める。あぁ、本当によかった。


恐怖が収まると、思い出したように、ふつふつと湧き上がる怒り。浮かぶ顔は今回の元凶と思われる帰国子女。
・・・・それにしても、バナナ野郎。
アイツ、絶対許さん。マジで許さん。
いつか絶対痛い目に遭わせてやる。泣いて許しを請わせてやる。

復讐の炎を心に秘めて歩きだした時。


『あ、雛、ちょっと待て』
『え?』

『お前は今日門限を破ったな。まだそれについてのお仕置きをしていない』
『・・・・は?』


お仕置き・・・?何それ。
全身の、血の気が引いていくのが自分でもわかった。
先程まで大半を占めていた怒りが一瞬で消え去り、再び恐怖が蘇る。


『約束を破ったんだ。然るべき罰を与えんばならないなぁ?』
『え?ちょ、待っ、お、お落ち着け!!!』


楽しそうに口元をあげて、ジリジリと私に近付いてくる。
その姿こそ、まさに悪魔。


『え?え?え?本当、え?や、止めて下さい?え?』
『大人しくしてろ』
『ちょ、ちょ、ちょっと!!!お、お兄ちゃん!!??』


背中が壁とくっついて、目の前には兄の顔。退路は完全になくなってまった。
子供のように兄は口元を弧にして悪戯に笑う。


『足掻くだけ無駄だ。諦めろ』

『ギ、ギャアアアアア』


時は既に遅し。夜中の住宅街に私の絶叫が響いた。





「・・・・と、いうことなんだ」


全てを話し終え私は二人に向き合った。
好き勝手開いてた彼らの口は閉ざされ、暗い静寂が教室を覆う。
僅かに教室に残っていた面識のない一組の生徒でさえ、気まずそうに顔を下に向けていた。
二人からは同情に近い目が向けられた。


「よく、無事に生還できたな」
「七松先輩・・・やっぱりマジでぱねぇな」
「うん。私も今生きているのが自分でも不思議だわ」


昨日の出来事を話しただけで、体力の半分以上が削られた気がした。
どっと疲れが溜まり、机に顔を伏せる。
そんな私に対して二人には肩に手を置いて優しく慰めてくれた。


「まぁ、よく頑張ったな。今回ばかりは雛に同情せざるおえない。本当、頑張った」
「うん。俺もそう思うよ。七松先輩、怖いもんね。雛が無事でよかったよ」

「兵助、勘ちゃん・・・」


彼等の優しさが身に染みて、感動する。


「よし!!!今日は雛の無事を祝ってカラオケだぁぁあああ!!!」
「よしきた!!!!俺、TOFU歌うよ!!!!」
「二人とも、ありがとう!!!!」


三人で馬鹿みたいに騒いで、夕日に向かって叫ぶ勢いでカラオケへと向かった。
異常なテンションだと、自覚している。
だけど、ただ自分が無事に帰還できたことが嬉しくて、どうにもなれの勢いだったと思う。




「雛ーっ!!!お前は勇者だ!!!」
「おぉぉぉー!!!」
「お前は最高だぁあああ!!!」
「おぉぉぉー!!!!」
「俺らともイイコトしようぜ!!!」
「どさくさに紛れてふざけたこというなよ尾浜」





その日、案の定私の帰りは遅かった。







(勘ちゃん、今何時?)
(ん?えーとね・・・・・9時)


(・・・・え?)
(永遠ループだな)
(兵助、冷静に分析するなよ・・・)

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