なんということでしょう。

□12:手を繋いで帰ろう
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お醤油、カレー粉、じゃが芋、にんじん、豚肉ーー。
母に手渡されたメモ用紙に目を通し玄関で靴を履く。

今日はカレーか、なんでにんじん入れるのかな。あれは人間の食べる物ではない。兎さんの食べ物だ。
だってほら、口に入れると小学校の頃にやった飼育小屋の掃除を思い出す。
にんじんって飼育小屋の味がするんだよなぁ。
飼育小屋、食べたことはないんだけど。

脳内で飼育小屋を浮かべながら玄関のドアを開ける。
すると隣の家からも同様にガチャという音がなり、顔を上げると中からよく見知った人が出てきた。


「はっちゃん!!!!」
「ん?・・・雛!!!」


私が大声で叫ぶと、はっちゃんはこっちに気付いたらしく、イヤホンを外して駆け寄ってきた。
手には私と同じようにメモ用紙を握りしめて。


「はっちゃんも、おつかい?」
「も、ってことは雛もか?」
「うん!!!!何処にいくの?」
「いつもの商店街。雛もそうだろ?一緒に行こうぜ!!」
「行く行く!!!!」


お互いの家の前でギャアギャア騒いで、私達は商店街を目指すことにした。
今日のはっちゃんの家の献立は肉じゃがらしい。
メモ用紙にはお醤油、じゃが芋、にんじん、豚肉ーー。
と記されており、私が手にしているメモ用紙の内容とほぼ同じだった。





商店街は休日、ということもあって、とても賑やかだった。
魚屋、八百屋からはどこからか大売り、特売、という声が聞こえる。


「懐かしいな、昔はこうやってよく二人でおつかいにきたよな」


はっちゃんが懐かしむように呟いた。
私も記憶のなかで昔の自分を思い出す。

そう、昔はよく二人でこの商店街に訪れた。
この商店街には沢山の思い出がある。
特に一番、記憶に残っているのは、初めてのおつかい。
はっちゃんと私がまだ4、5歳のとき、私達ははじめておつかい、なるものをした。
私の母とはっちゃんの母がテレビ番組に便乗してやらせたのだ。

はっちゃんはあの頃の約束を覚えているだろうかーー?









『いいか!!!竹谷!!!絶対に雛を悪い輩から守るんだぞ!!』
『は、はい!!わかりました!!』
『雛もだ。迷子になったらお巡りさんのところに行くんだぞ!!!』
『うん!!大丈夫だよ!!!』

おつかい、という初めての体験に当時5歳児の私は大きな期待を膨らませていた。
アニメのアドベンチャーの主人公になった気分で兄の言葉を聞いていた。


『いいか、どんなことがあっても諦めるなよ、ちゃんと責任をもって行ってこい』
『うん!!!』
『よし、いい返事だ。じゃあ行ってこい!!合言葉は?』
『いけいけ、どんどーんっ!!!!』
『おっし!!!!行ってこい!!!!』
『行ってきまーす!!!!』
『お、おい!!雛、待てよ!!』




早くおつかいに行きたくて、隣のはっちゃんを無視して私はどんどん走って先を急いだ。
当時は私より身長が低かったはっちゃんは息を切らしながら走って私をひたすら追いかけた。


走って、走って着いた商店街は沢山の人で溢れていて、私は目を回した。
商店街は大きくて、私の目にはダンジョンに見えた。


『はっちゃん、人がいっぱいいるねぇ!!!!』
『そうだな、迷子になるなよ』
『大丈夫だもん!!!』


自信に溢れながらも、やっぱり、はっちゃんを無視して私は手当たり次第のお店に駆け寄った。

目に映るのはどれも新鮮でまるで夢の世界だった。
お花屋さん、ケーキ屋さん、おもちゃ屋さんーー。
どれもキラキラ輝く宝箱の中にいるように思えて、無我夢中で走り回った。
まるで御伽の国の主人公みたい、なんて妄想を膨らませていた。
まぁ、ただの商店街なんだけれども。


『ねぇ、はっちゃん!!!このお人形、お兄ちゃんに・・・・・はっちゃん?』


口を大きく開けた人形をみて、それが何故か兄と重なりはっちゃんに呼びかけた。
けれども振り返ってもはっちゃんの姿は見当たらなかった。


『はっちゃん?はっちゃん、何処?』


何回呼びかけてもはっちゃんは一向に姿を現さなかった。
さっきまですぐ後ろにいたのに。
辺りを見回してみても、やっぱりはっちゃんはいなくて。
私は急に不安になって走り回ってはっちゃんを探した。


『はっちゃん!!!はっちゃんっ!!!何処行ったの?』


来た道を辿って、お店のなかをくまなく探したけれどはっちゃんはいなかった。

空は段々と暗くなり、もう太陽は沈む直前だった。
あんなに沢山いた人々も買い物を終えて続々と帰っていく。

がらん、とした商店街に一人ぽつん、と佇んで、私はやっと自分が迷子になったのだと自覚した。

そうだ。迷子になったらお巡りさんのところへ行け、とお兄ちゃんが言っていたな、と子供ながら考えたけれども、お巡りさんが何処にいるのかも私にはわからなかった。


私、独りぼっちだ・・・・


涙が滲んで、それは大きな雫となって目から流れ落ちた。


はっちゃん、何処に行ったの?
淋しいよ、怖いよ、たすけて。


私はついにしゃがみこんで小さく嗚咽しながら泣いた。
不安で小さな胸が押しつぶされそうで、我慢の限界だった。




『雛!!!!雛っ!!!!!』



聞きなれた声がした顔をあげると、誰かが前から走ってきた。


『はっちゃん・・・・?』


走ってきたのは、はっちゃんだった。
額を汗だくにして、心配そうな、今にも泣きそうな顔をして、私を力強く抱きしめた。


『ごめん!!!!本当にごめん、俺、母さんから頼まれたおつかい、しなくちゃって思って、でも、そしたら、いつの間にか雛が居なくてっ』
『はっちゃん・・・・』
『ごめんな、すぐ探したんだけど、見つからなくて、ごめん、怖い思いさせて』
『は、はっちゃん、ぁ、う、うわぁぁあああん』


はっちゃんがいる。目の前に。
はっちゃんの体温に安心して、緊張の糸が切れて、私は声を上げて泣いた。


『ご、ごめんな、さい、っ、雛、勝手に行っちゃって』
『いいんだ、俺が悪かった、俺が悪かったんだよ』


はっちゃんは私を抱き締めたまま、なく止むまでずっと背中をさすってくれていた。


『本当にごめん。約束するよ』
『や、約束?』
『うん、もう絶対に雛を一人になんかさせない。これからずっと俺が一緒にいる。俺が雛を守る』
『・・・・・ずっと?』
『あぁ、ずっとだ』


力強く頷いてはっちゃんは立ち上がった。
そしてそのまま、私に手を差し伸べた。
その夕日に照らされた姿が当時の私には王子様に見えたのだ。


『手を繋いで帰ろう。これならもう迷子にならないだろ?』


私は引き寄せられるようにその手をそっと握った。
するとはっちゃんは力強握り返してきた。
そのまま手を繋いだまま、私達は家に帰ったのだ。










「雛、豚肉買ってきたぞー」
「ありがとう、これで最後だよね?」
「おう、お前が嫌いなにんじんも買ったしな」
「・・・・・いらない、って言ったのに」


あれからもう十年以上経ったのだ。
本当に時間の流れは早い。
私より小さかったはっちゃんも今はすっかり大きくなっちゃって。今度は私が見上げるばかりだ。
でも、その優しさと男前なところは昔から何一つ変わっていない。

まぁ、はっちゃん、馬鹿だから昔の約束なんて忘れてるんだろうけど。

なんて1人で考えていると、目の前に手が差し出された。




「手を繋いで帰ろう、ほらお前すぐ迷子になるからさ」




照れくさそうにはっちゃんは笑った。
はっちゃん、覚えて・・・・
私は嬉しくなって、そっとその手を握った。
そうしたら、やっぱり、はっちゃんは力強く握り返してきた。


「もう迷子になんかならないよ」
「どうだかな、また、"はっちゃーん"なんていって泣くかもしれないだろ」
「馬鹿にしてるの?」
「いや、別に。・・・・・だけど俺の知らないところで泣かれると困るんだ。雛を守るのは俺の役目だから」


しれっ、と言いのけたはっちゃんに私は顔を赤くした。

ま、またこの人は、こういうことを素で言っちゃうんだから・・・

顔を真っ赤にしたまま私が一人でボソボソ言っていると、はっちゃんが、どうした?、なんて言うから、なんでもない、と言い返して、私たちは家路を辿った。





幼馴染みが男前すぎてつらい。










(おお、雛、おかえり!!!!なんだ、竹谷も一緒か・・・・)
(お兄ちゃん帰ってたんだ)
(七松先輩、お邪魔します)


(・・・お兄ちゃん?)
(・・・・・竹谷、貴様、何故、雛と手を繋いでるんだ?)
(え?・・・・・・あ)
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