なんということでしょう。

□13:愛を込めたバレーボール
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「そんでお兄ちゃんがあんなこと言うもんだから、私、本当に困っちゃって」
「......それは........モソ......大変だな」
「そうでしょうっ!?」

「....雛、図書室では静かに」
「あ、そうでした、すいません」


ガタン、と音をたてて立ち上がったものだから、館内の生徒の視線が一気に私に集中した。
すいません、と頭をペコペコ下げて再び椅子へと腰を下ろした。


「それでですね」


私の目の前に座っているのは中在家長次先輩。兄の幼馴染みの一人でその中でも兄にとってこの人は特別だった。
それは私も同様で、あの変態集団のなかで最も頼れる存在。
今だって私は長次先輩に相談にきてきた。これは珍しいことではなく私は困ったことがあったり、何かに息詰まったり、癒されたいときなどは、よく図書室に訪れて長次先輩に日頃の鬱憤を解消してもらう。

私は結構、このほのぼのした時間が好きだ。
普段の日常では滅多に得られない、平和で貴重な時間。


「もう、本当にどうにかならないんですかね、あの人。毎日振り回されて死にそうですよ」

「......小平太だから、仕方がない.....アイツのそういうところは、もう直らない」

「ですよね〜」


自分から言葉を発することは滅多にない長次先輩だが、いつも最後までしっかりと私の話を聞いてくれる。
そんな先輩が私は小さい頃から大好きだった。長次先輩が本当の兄だったら、と何度思ったことだろう。
長次先輩は私が兄に対して渇望しているものの殆どを兼ね備えていた。

はぁ、と溜息をつくと長次先輩は制服の胸ポケットから携帯を取り出して、画面を私へと押し付けた。
いきなりだったので驚いたが差し出された画面に目を移して息を呑んだ。


「ちょ、長次せんぱ、これは.....?」

「........昨日、作った........ザッハトルテだ......」

「ザ、ザッハトルテ、......だと、?」

「...........雛に....モソ.....」

「っえ!!??わ、私にですか!?え、嘘っ、え、こんな素晴らしいものを私ごときに?っ、長次せんぱぁぁあいっ!!一生ついて行きます」

「......図書室では静かにしなさい」
「あ、す、すいません」


心を落ち着かせてから、もう一度携帯の画面を覗き込む。
画面の中でそれはもう神々しく輝くザッハトルテなるものは、所々にきめ細かい細工がしてあり、驚嘆の溜息が零れるほどだった。
長次先輩は昔からとても器用で周りが途中で挫折しそうな作業でも平然とやってのけた。
しかもそんな作業をただ黙って、黙々とするものだから、私の長次先輩を見つめる眼差しは憧れ以外に映らない。


「はぁ......やっぱり長次先輩は凄いですね、...................それに比べてうちのお兄ちゃんは......」


兄のことを考えると苦悩が絶えない。私は年中、兄に悩まされている。
思い返せば無意識に顔が歪んでいった。



「この間だって、委員会で10qマラソンをやる、なんていきなり言い出したんですよ、四郎兵衛や金吾がいるのに。あの人はいつも自分のことしか考えてないんです」

「昨日も、私が観ていたバラエティ番組を、これつまんない、の一言で野球観戦に変えたんです!!これからNNJ(ニンジャ)48が出るところだったのに!!!」

「今日の朝なんて!!!!!私が大事にとっておいたプリンを勝手に食べたんですよ!!私が怒ったら、お前の物は私の物、私の物も私の物、とか言って逆切れされたんです!!信じられます!!??」


口を開けばどんどん溢れ出てくる不満。
あれもこれも語りだしたらキリが無い。今この時間だけでは語りきれない。

「...........モソ.....」

「え?」


興奮状態の私を長次先輩はじぃ、と見つめて、意味あり気に微笑んだ。
その意味が解らなくて私も長次先輩を見つめ返した。.......何この沈黙。辛い。辛すぎて発狂しそう。
結局耐えきれなくなって自分からきりだした。


「.....どうしたんですか?」


「.........いや....雛は.....小平太のことが大好き.......なんだな....」

「.....は?」


一瞬頭の中がフリーズした。
......え?長次先輩、今何て言った?お兄ちゃんのことが好き?誰が?私が?空耳?夢?え、ありえへん。

長次先輩の言ってる意味が解らない。
どうしたらその考えに行き着くのだろうか。思い切り疑視してみるけど先輩は相変わらずの無表情だった。


「.......長次先輩、私の話聞いてました?」

「........今日だけじゃない.......雛の話には必ず、小平太がでてくる..........逆に言うと........お前は、小平太の話しかしない.........」

「....え、う、嘘、そんな馬鹿なっ」

「..........無意識なら、尚更...だな」


一気に顔が赤くなっていくのが解った。今すぐこの場を逃げ出したい衝動に駆られる。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。死にたい。今すぐに。
今までずっと無意識に兄の話をしていたなんて。毎回、毎回。......ただのブラコンじゃないか。
じゃあ何?今までのって全部惚気?私、長次先輩に惚気話してたの?
あまりの恥辱に頭を抱え蹲る。

穴があったら入りたい。そうだ喜八郎に掘ってもらおう。そして2時間くらいそこで頭を冷やしたい。


「......雛、大丈夫か......」

「大丈夫じゃありません。私は貝になりたい」

「お前、貝なんかになりたいのか?止めとけ、すぐ食われるぞ」


いいんです。食べられて跡形も無くなってしまいた.......ん?
あれ?長次先輩ってこんな喋るっけ?こんなガサツな話し方するっけ?
ふと不思議に思って顔を上げる。


「ちょ、長次先輩?随分と饒舌になられて......?」

「兄と他人の区別もつかんとは!!!!けしからん!!!!」
「え、お兄ちゃ、え、ぎゃぁぁぁああ、痛い、首、締ま」


目の前には何故か兄がおり、気付いたら身体を思い切り絞められていた。
どこからボキ、バキ、と鈍い音が聞こえる。あまりの痛さに感覚が麻痺し始めている。
本当にどうしてこの人はいつもいきなり現れるのだろう。予測がつかない。


「......小平太、五月蝿い」


不気味な笑みを浮かべた長次先輩が兄の肩に手をかける。


「おお、すまん長次、つい手がでてしまってな」
「つ、つい?」
「......次から、気をつけろ.....」
「ああ!!!」


.....つい?ついで許されると思っているのだろうか。つい、でこんなバキボキにされたら堪ったもんじゃない。
いつか私はきっと兄に殺されるだろう。全身、バッキボキで。

何回目か解らない溜息をついて兄に視線を移す。
何故兄はここに居るんだろう。図書室なんて一番縁のない人種のはずなのに。
本、というよりも字が並んでいるものを見るのが苦手である兄が図書室に用事があるとは思えない。


「なんでお兄ちゃん、ここにいるの」

「長次!!!コイツもう連れていっていいか!!??今からバレーするんだ」
「無視!?」
「......モソ....」
「おお、サンキューな!!!」
「ぇ、ちょ、ちょっと、私まだ、長次先輩と」
「じゃあなっ!!!!いけいけどんどーんっ!!!」
「ぎ、ぎゃぁぁああああ、関節が、曲がっ」


笑顔の兄に引き摺られながら図書室を後にした。襟を掴まれてお尻を床につけたまま。
長次先輩、手を振ってないで助けて下さい!!!!あ、ザッハトルテは!!??私にくれるんじゃないんですか!!??ちょ、待っ、ザッハトルテ!!!!

暴れても兄の腕はびくともせず、片手で私を引きずっていった。離して、とか痛い、と言っても「雛は元気だなー」と笑って歩き続ける。
何やら上機嫌で気持ち悪いくらいニコニコニコニコ。


「ねぇ!!!!いい加減離してよ!!!私、図書室に戻りたいんだけど!!」

「いいじゃないか、私と仲良くバレーするぞ!!!」

「い、嫌!!!あんなボール受けたら死んじゃう!!!私がやるとでも思ってるの!?」

「思ってる」


自信たっぷりで断言する兄に私は眉を潜めた。
まるで確信でもあるかのような物言い。


「.......なんで」

「好きなんだろ?」

「....は?」



「私のこと大好きなんだろう?」



先程の眩しい笑顔とは反対に悪戯に口元に弧を描く。
その表情と言葉に動揺する。気付いたら叫んでいた。


「っ!!!!最初から聞いてたんでしょ!!!嘘つき!!!最悪!!馬鹿!!!」

「あはははは、雛、口が過ぎるぞー............誰が馬鹿だって?」
「すいませんでした」


一瞬、命の危険を感じたので素直に謝ると、すぐまた笑顔に戻った。
怖い。いつスイッチが入るか解らないから油断ならない。
少し安心したのも束の間。今度は意味あり気に微笑む。その手はしっかりと私の頭を掴んでいた。




「私のことがだぁいすきな雛、お前のことが大好きなお兄ちゃんとバレー、したいだろう?」

「いや、」

「したいだろう?」

「..........はい」















(ほら、雛、大好きなお兄ちゃんのアタックだぞ!!!受け取れーー!!!!)
(ぎゃぁ、止め、いや、無理、ほんと、ぎゃぁぁぁぁああああああ)


(雛先輩がいればこっちに被害がこなくて平和だな)
(滝夜叉丸、最悪だな)
(三之助っ!!先輩をつけろ、先輩を)
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