なんということでしょう。

□14:就職活動はお早めに
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「そうそう、雛、そういえば従兄弟の尊ちゃん就職決まったそうよ」

「へーそれはめでたい」

「それでね、これまた就職先が凄いのよ、どこだと思う?」


久しぶりに上機嫌な母は年頃の娘のような顔をして、私の鼻の先をつついた。本当にいい年増の女がなに昭和時代の少女漫画のヒロインみたいな素振りをしているのか。恥を知れ。

上機嫌な母とは反対に私の機嫌はMAXに悪かった。
部活もない久しぶりの日曜日の朝早くから叩き起され、朝市まで走らされお使いをし、花壇の手入れをさせられて、部屋の掃除をさせられた。
その上、現在は昼ご飯の手伝いをさせられている。

なんという仕打ち。特に何もしていないのにこの強制労働は如何なるものか。私が何をしたというのでしょう。何故このようなことを私に挿せるのか、兄にやらせればいいのに。…………あ、これ死亡フラグか、くそ。


誰にも当てることができない行き場のない怒りを目の前のにんじんに向ける。しかもなんでにんじん?私がにんじんを嫌いだと知っての狼藉か。クソクソッ、木端微塵にしてやるわ。


「ねぇ、お母さんの話聞いてる?」

「聞いてます。聞いてますとも」

「じゃあ何て言ったか当てて見なさい」

「尊ちゃんが結婚したんでしょ、おめでとう」

「違うわよ、尊ちゃんが就職したの。だから、ちょっとあんたに尊ちゃんのお勤め先に行ってきて欲しいのよ」

「………Why?」


いやいや、話の先が見えない。
何故、従兄弟が就職したから、私が従兄弟の就職先へ行かなければならないのか。あまりの意味の分からなさに特に得意でもない英語が飛び出てしまった。


「だからね、さっき妹から電話がかかってきて尊ちゃん、お仕事の書類家に忘れちゃったらしいのよ。でもあの子も家を離れられない状態らしくてね。ほら、あんた暇でしょ?」

「いやいや暇じゃないですけど。しかもなんで当然のように私が行くことになってるの?お母さんこそ暇でしょ。お兄ちゃんだっているじゃん」

「あら、お母さんもう年だもの。無理よ。小平太はまだ寝てるし」

「は?私も寝てましたよ?起こしたのあなたよOK?」


全く持って筋が通らない会話に混乱する。このおばさんは何を言っているのか。私は貴方召使いではありません。娘です。OK?

理不尽な物言いに反抗すると、母は清々しいほど綺麗な笑顔を浮かべて口を開いた。とても嫌な予感がする。


「…………雛、世の中には年功序列ってものがあるのよ。あんたはこの家で一番若いの。つまり、どういうことかわかるわね?」


私は重要なことを忘れていたのだ。
この女は、私の母である前に、あの暴君の母であるということを。










「私は地図も読めないほど馬鹿になってしまったのだろうか」

家を出てから1時間後、私は母に託された地図を片手に頭を抱えていた。
地図を頼りに間違えず此処まで来たつもりだった。いや、今だって途中で道を間違えたつもりはない。ここであってる筈なのだ。しかしたどり着いた場所はどう見ても一般的に会社と呼べる建物には見えなかった。


「いや、どうみてもこれはヤ〇ザでしょ………」


古風な門構えに、どこまでも続く長い塀、そして「雑渡組」と書かれた立派な表札。どこを見てもヤ〇ザにしか見えない。
いや、まてよ、もしかした、ほら?That組
かいう英会話教室かもしれないじゃん?ほら外国人がジャパニーズカンジクールですねー!!みたいな感じで当て字で「雑渡組」みたいな?

「……………うん。道を間違えたんだ。そうだよ。うん。絶対に。よし、戻ろう」

「雛?」


背を向けた直後だった。
聞き覚えのある声が背後から聞こえた。いや、まさか。狼狽して振り返ると、やはり見覚えのある顔が。


「やっぱり雛じゃないか。よかった無事にたどり着けたんだな」

「……………尊ちゃん」

「ん?どうした、早く入れよ」

「いや、まだ私、東京湾には沈みたくないって言うか」

「何言ってるんだ?ほら、早く」


不思議そうな表情をした尊ちゃんは大股で私に歩み寄ると、腕を掴んで厳つい門を潜った。なんとか逃げようと試みたがあまりにも尊ちゃんの行動が速かったものだから大した抵抗もできないまま私は敷地内に連れ込まれてしまった。


「ひぃ、なんかゴツイ人達がめっちゃ居るんだけど!!尊ちゃん、私まだ死にたくないよお!!」

「は?さっきから何言ってるんだ?大丈夫か?」

「神様仏様はっちゃん、どうかこの私目をお助け下さい」


あぁ、私、今日で死ぬのか…………。
そんな日頃の行いが悪いせいでしょうか?いや、でも私なんてまだ可愛いほうだよ、お兄ちゃんなんて、ほら死んでも死にきれないほど周りに迷惑かけてるじゃん?なんで私?これも年功序列?いや、これこそ年功序列でしょ。死ぬのは年の順でしょう。私はまだこの世を去るのは早過ぎます。まだはっちゃんと一緒にいたいです。


「いやぁー、これはまた凸凹のない身体だねぇ」

「ぎゃああああ曲者!!!!!!」


急に何者かにお尻を撫でられた、ような気がした。
ただでさえ生きるか死ぬかの瀬戸際でビビっていたのに、いきなりのことに驚いて隣の尊ちゃんに飛び付いてしまった。


「あばばば、ぞ、ぞん、尊ちゃん、たすけ」
「ば、馬鹿っ、雛、離れ、」

「え、なになに?尊奈門の彼女?紹介してよー」


修羅場に似つかわしくない呑気な声が背後で響いた。
あまりにも場違いな温度差に私は拍子抜けしてしまった。尊ちゃんは声の主に心当たりがあるらしく、顔を青くして私を押し退けて立ち上がった。


「ち、違います、彼女なんかじゃありません、従姉妹です!!!!」

「え、尊ちゃんこの曲者と知り合いなの」

「馬鹿っ!!口を慎め!!」


曲者と単語に尊ちゃんは余計に顔を青くさせて私の頭を殴った。
ちょ、女の子を殴るってどういうことなの。尊ちゃん、ヤク〇になってから乱暴になったんじゃないの。


「従姉妹?へぇー全然似てないね、君、名前は?いくつ?」


飄々とした態度で話しかけてくる目の前の怪しい男。見た目にしてヤ〇ザであることに違いはなかった。下手な受け答えをしたら小指がなくなるかもしれない。


「組頭!!!!」


焦ったように尊ちゃんが叫ぶ。
ん、?今、尊ちゃんなんて言った?頭?組頭?え?頭?トップ?もしかして一番偉い人?
いや、待てよ。私、この人に何て言った?曲者?曲者とか言っちゃった?私ごときがヤ〇ザの頂点の人に?うそん。こんな取るに足らない体を触られただけで?


「ねぇ、名前は?」


組頭さんがポンっと私の肩に手を置いた。その表情はただニコニコと笑顔を浮かべていて、真意がまったく読み取れない。


あ、私、死んだわ。



「すみません。どうか、どうか命だけは勘弁して下さい。数々の御無礼をお許し下さい」

必死になって地面に頭を子擦り付け土下座する。プライド?そんなものとうの昔に捨てたよ?青い春と一緒に遠い彼方へ消えたよ?


「ふふ、何この子超面白い」

「雛!!みっともないぞ!!やめろ!!」

「雛ちゃんっていうの。ねぇ卒業したらウチで働かない?」

「滅相もございません。わたくしは表社会で生きていきますので」

「……………雛、お前何か勘違いしてないか?」


尊ちゃんが呆れたような表情で私を見下ろした。勘違い?は?


「いっとくけどウチはヤクザでも極道でもないからな」




そこからは、まあ、なんというか転機して今までの怯えが嘘だったかのようだった。
尊ちゃんの就職先はヤクザではなく、株式会社タソガレドキという有名な一流企業の会社であり、雑渡組というのはその会社の社長さんがつくった組織内のものであった。いやでも尊ちゃんが、言うに実質的にやってることはヤ〇ザと相違ないとかなんとか。


「まぁ、ぶっちゃけブラック企業って感じでもあるよねー」


サラッととんでもないを言い出したのは、タソガレドキ会社でトップ2の立場に居るらしい曲者………じゃなくて、雑渡昆奈門さんだ。
尊ちゃんの上司で、かなりの切れ者らしく、皆に尊敬されているらしい。
現段階では私の中ではセクハラ親父というイメージしかないのだが。


「誤った表現に捉えられる言い方は止めてください。普通にちゃんとした実績はありますし、れっきとした企業です」


雑渡の危ない発言を訂正したのは山本陣内さん。タソガレドキのトップ3の立場にいる重管理職の人で、この人も尊ちゃんの上司。
私的には雑渡さんよりも信頼し、安心できる人だと思う。


「もー陣内ったら堅いんだからさぁ、ねぇねぇ雛ちゃん、マジな話、ウチで働かない?卒業したらすぐ雇ってあげるからさー」

「いえ、結構です」

「えー。なんで?お給料いいよ?一流企業だよ?」

「お気持ちだけ受け取っておきます」


いくら一流企業と言えど、こんな所で働いたら命がいくつあっても足りない。
私は何よりも自分の命が大事なのだ。こんなところで無駄にするわけにはいかない。
ただでさえ家では兄、学校では友達、先輩で苦労しているのに、これ以上負担が増えるのは正直言って勘弁して欲しかった。私が心より欲しているものは普通の日常。現実とはかけ離れているはっきりいうと裏社会に半分入ってしまっているこの会社に就職したら最後。さよなら平穏、こんにちは命の危険。

そんな目に会うのはまっぴら後免だ。



でも、何故だろう。神様は相当意地の悪い方とお見受けした。





「まぁ、いいや、私、諦めないから」





あぁ、また厄介事が増えてしまった。














(……………ただいま)
(おかえりなさい、遅かったわね。ちゃんと尊ちゃんに届けてくれた? )

(え?……………あ。)
(はい、いってらっしゃい)

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