なんということでしょう。

□15:ラブストーリーは突然に
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「ぐぬぬぬ、三郎め、絶対に許さんっ!!!」


雛は激怒した。
必ず、かの変態名人鉢屋三郎を除かなければならぬと決意した。雛には政治が分からぬ。雛は、ただの女子高生である。


「きぃーっ!!思い出しても腹が立つぅー!!いっつも人のこと馬鹿にしやがってーー!!!」


花の女子高生とは思えないほどの大股で私は道のど真ん中を歩いていた。
本当に今日という今日は怒ったよ!!いつも怒ってるけど、今日は激怒だよ!!メロスも激怒だよ!!
やるせない怒りを地面にぶつけて、地団太を踏む。あぁ、あの変態が憎い。憎過ぎて、なんか、地面まで、三郎に見えるぞ。三郎め!!踏み潰してやる!!


「おりゃあっーーって、あ、あーーっ!!!!!!」


片脚を地面に掲げて降ろそうとした時だった。力み過ぎて高く脚を上げたので、履いていたローファーが、宙高くに飛んでいった。目で追うと、無駄に高く上がったローファーは塀を通り越して、隣の道側へいってしまった。
しばらく呆気にとられていたら、隣側から「痛ぇ!!」という声が聞こえた。


あぁ、やってもうたわ。これ。絶対に誰かに直撃したよ。ま、さ、か、死んだ?いや、そんなわけ、だって、ローファーだよ?っは、でも頭に当たってたら……!?どうしよう!!こんな若くして犯罪者?殺人犯?明日の朝刊のトップ飾っちゃうの!?


今迄に無いくらい、頭がフィーバーしてしまい、極度の混乱状態に陥ってしまった。
このまま逃げるか?片足靴下で?そんなん、めっちゃ怪しいやないかい。逃げて見つかったら罪重くなるよね?それなら、素直に自首したほうが良くない?うん、そうだ。自首しよう。


「申し訳ありませんでしたああああっーー!!」


一度覚悟を決めたら、もう行くしかない。
土下座する勢いで、隣側へ一直線する。
いや、もしかしたら生きてるかもじゃん?救急車必要かもしれないじゃん?
ほんの数秒前まで自首とか言ってたけどやっぱり犯罪者にはなりたくないじゃん?だから、
どうにかお願いいたします!!生きてて下さい!!


サッカー選手のような綺麗なスライディングを決めて、隣側に滑り込むと、道の片隅に男性が蹲っていた。


「っ!!!す、すみません!!大丈夫ですか!?生きてますかっ!!」

「っく、…………う」

「あ、良かった生きてた。大丈夫ですか?起きれますか?」

「あ、……アンタ、?」


背中に手を添えて、男性の身体を起こす。おお、重い。なかなか鍛えてますな、お兄さん。


「あぁ、悪い」


お兄さんが顔を上げる。
目が合って、一瞬ドキリとした。いや、特に理由は無いんだけど、ドキリとした。
目が吊り上がっていて、キリッとしてるなー、とか、髪の毛の色素薄いなー、とか、いい具合に日焼けしてるなー、とか。感じたことは沢山あったけど。
こう、なんか、くしゃりとした笑顔にちょっと惹かれた。


「この靴、あんたのか?」

「っ、は、はい!!すみません、まさか人に当たるなんて思ってなかったんで。怪我とかしてないですか?」

「いや、こっちもボーッと歩いてたから、気にするな」


おお!!なんと優しき方!!くっそ!!イケメンは心もイケメンなのか。そうなのか。正に漢の中の漢ですな、アニキ!!
お兄さんの懐の大きさに感動して、心が癒される。なんと素晴らしい人なのでしょう。私の兄始め、周りの人間と比べるとなんて人間が出来てるのでしょう。
こんな心優しい方をこのまま帰しては行けないと私の良心が叫んでいたので、勇気を出して口を開いた。


「あ、あの、お詫びをしたいので、もし良かったら何か奢らせて下さい」

「え?いいって、いいって!!そんな大したことじゃねぇし!!」

「いえ!!大したことです!!それに、何かしないと私の気が抑まらないんです!!」


必死になって頭を下げると、お兄さんは困ったように眉を下げると、何かを思い付いたように、鞄の中を漁り始めた。「あった、あった」と何かを見つけると、私の手のひらの上にコロン、とした物を置いた。


「……飴?」

「俺、甘いもの苦手なんだ。でも先輩に貰って困ってたからさ、食ってくれよ。これがお詫びだと思ってよ」

「え?え?そんな、いいんですか?貴方、神様なんですか?こんな優しい人間がこの世界にいるわけない。神様ですよね?」

「アハハハっ、神様?そんなこと初めて言われたよ。あんた、面白いな。名前、何て言うんだ?」


まただ。ドキリ。胸が弾んだ。
一見クールそうな人なのに笑うときは結構豪快に笑うんだ。
はっちゃんと少しだけ似たような所があるけど、はっちゃんとはまた違う。


「雛。七松雛です!!」

「その制服、大川学園だろ?俺は間切。隣の兵庫水産高校に通ってんだ」

「あ、そういえば見たことある学ランだと……。兵水の方でしたか!!」


兵庫水産高校。略して「兵水」。
大川学園から直ぐ近くにある高校。
近い、というだけあってよく交流がある高校。食堂の定食の魚は殆ど兵水からのお裾分けと言っていいほどの仲良しさん、所謂姉妹校である。


「っは!!そういえば俺、買い出しの途中だったんだ!!悪い、今何時か分かるか?」

「え、17:30ですけど」

「うっわ、もう30分も経ってる!!ヤバ、義丸さんに怒られる!!」


急に思い出したように、焦り出す間切さん。どうやら部活の買い出しの途中だったらしい。
あぁ、急いでたんだ、悪いことしちゃったなあ。と心の中で反省する。
ここで余計な時間を取らせるわけにもいかないので私も素早く立ち上がった。


「いや、なんかバタバタしてて悪いな、また時間あったらゆっくり話そうぜ、お前、面白いし」

「はい!!なんか申し訳ないことばかりしちゃったのに、ありがとうございました。私も間切さんとまたお話したいです」

「おう、じゃあな!!」


はい、さようなら。ちょっとお嬢様気取って挨拶してみる。はい、我ながらキモイ。三郎とか勘ちゃんが見てたらショック死するね。あ、自分で言ってて悲しくなってきた。え?あ、なんか目からソーダ水が。
間切さんに背を向けて家路へ辿る。
家に帰ったらあの暴君がいるのか。辛い。この夢のような時間から一気に現実に戻るのか。辛い。まるで千葉にあるけど東京と言う名の夢の国から帰るような気分だわ。辛たん。


「七松っ!!」


後ろから私を呼ぶ声がする。
この声はついさっきまで話していた、間切さん。
慌てて振り返る。


「危ないから、もうあんまり足とか上げるなよ!!変なやつに覗かれたくないだろ」


ま、間切しゃん!!こんな、こんな私を心配してくださる、だと?貴方はやっぱり神様です。
間切さんのお心遣いに感激して、鼻を啜る。でも安心して下さい。私のようなぺんぺん草、誰も襲いませんので。保証人も腐る程いますので。


「ありがとうございます!!でも大丈夫です!!下に体操ズボン履いてるんで!!それに自慢じゃないですけど、私、こう見えても意外と強いんですー!!」


腕を撒くって、力こぶを見せ付ける。
どうや、カッチカチやぞ!!某お笑い芸人を連想させるように、ちょっと得意気してみせると、間切さんが早足でこちらへ向かってきた。
表情が険しくて、少し怖かった。
ポンッと頭に感じる、重み。何事?と思った直後に犬ようにわしゃわしゃ頭を撫でられる。
ちょ、ちょっ、間切さん、痛い、力加減できとらん、痛。

ーー間切さん、そう言おうとして、顔を上げたら、また間切さんと目が合った。


「でも、お前は女の子だよ。女の子なんだから、もっと気を付けろ」


くしゃり。
たったそれだけ言って、間切さんは去って行った。
女の子。生まれて初めて、そんなこと言われたかもしれない。
女の子。生まれて初めて、女の子扱いされたかもしれない。

初めて女の子になったような感じ。
少し胸がざわざわした。










「って、ことがあったのよ!!昨日!!ねぇ、これどう思う?やっぱり、滝もそう思う?私もね、もしかして、とは思ったんだけど、だってよりによって私だよ?でもさ、やっぱり感じちゃうじゃん?ねえ、どう思う?滝は?」

「はあ、雛先輩の様子からすると、そうなんじゃないですか?」

「っ!!!や、やっぱり、滝もそう思う!?やっぱりそうだよね!?やっぱり、好きだよね!!ーーーー私のこと!!」

「…………は?」


何を言ってるんだ?この女は。
そんな目で滝夜叉丸は私を凝視していた。そのまるで痛い人を見るかのような視線、止めて頂きたい。

「え、ちょっと、待って下さい。な、なんでそうなるんですか、なんで間切さん、という方が雛先輩の事を好き、みたいな設定になってるんですか、今の話だったら普通逆でしょ」

「え、だって女の子扱いしてくれたよ?好きだよね?それ、だってドキドキしたし」

「どんだけ女の子扱いに免疫ないんですか。先輩、自意識過剰なところまで七松先輩にそっくりなんですね……。そこまで自分の都合の良いように取れるなんて、ある意味尊敬しますよ」

「え、それ褒めてんの?貶してんの?」
「わー!!ちょ、殴りかからないで下さいよお!!」

「真面目に答えてよー!!こんなこと、相談できる女友達、滝しかいないんだからー!!!」
「私、男ですよ!?」


ギャーギャーと騒いで、滝の襟首を掴んで、ガクンガクン揺らす。
止めて下さい、とか言ってるけど気にせず揺らす。


「あのですね、言わせてもらいますが、好きになったのは間切さん、という方ではないですよ」

「は?」

「好きになったのは、雛先輩ですよ」





「………………What?」

「なに、外人ぶってるんですか。だから、雛先輩が間切さんに惚れたんですよ」

「私が?間切さんに?ほの字?」

「はい。間切さんはとんでもないものを盗んで行きました……」
「それは?」








「雛先輩の心です」












(え!?ど、どうしよう!?滝!!)
(認識した途端、乙女になりましたね。さっきまでの図々しさは何処にいったんですか)

(とにかく、お兄ちゃんには言わないで!!殺される!!)


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