なんということでしょう。

□16:恋心を略奪せよ
1ページ/1ページ



「全員揃ったか」

「あぁ」


夕暮れが益々赤みを帯びてきた頃。
大川学園生徒会室には六人の人影が真っ直ぐ伸びていた。
進行を務める一人を筆頭に皆、強ばった顔向きで構えていた。息遣い一つも許されない、そんな重い空気の中で男は一声を発した。


「今日、皆に召集をかけたのは由々しき問題が発生したからだ」


その言葉に皆が固唾を飲む。
口を開いた男、立花仙蔵さえも自分の声が震えていることに気付いた。
この先、本題を口にすることも阻まれる。
何度か躊躇して、仙蔵は決心した。
深く深呼吸をして、彼は口を開いた。


「雛に、……好いた奴ができた」

「っ!!?」


ガタンと二つの椅子が床に伏した。
一方は食満留三郎。勢いよく立ち上がった反動で椅子が後ろへと倒れる。
残る一方は善法寺伊作。衝撃のあまりに椅子から転げ落ちた。


「ど、どういうことだよっ、仙蔵っ!!雛に好きな奴ができたって!!」

「落ち着け留三郎。その言葉の通りだ」

「これが落ち着いてられるか!!」


今にも仙蔵に噛みつこうとして吠えている留三郎を起き上がった伊作が蒼白した顔色で宥める。


「留さん、話が進まないからとにかく座ろう。……仙蔵、その話は確かなのかい?」

「あぁ、違いない。…………そうだろう?小平太」


仙蔵が促すと、小平太は腕を組み、口は固く閉ざしたまま静かに頷いた。
その肯定を現実だと知ら示された、留三郎と伊作はそれこそこの世の終わりみたいな表情を浮かべた。


「っ、くっそぉお!!どうして、どうしてなんだ雛!!俺というものがありながら!!
そんなに赤いランドセルが気に入らなかったのか!?やっぱりピンクがよかったのか!?っ、も、文次郎てめぇが赤い方が良いって言いやがったから!!全部てめぇのせいだぞ!!責任とれや!!」

「はぁ!?なんで俺のせいなんだよ!!お前が赤とピンクどっちが好きかって聞いてきたから俺は赤と答えただけだ!!ランドセルなんて初耳だぞコラ!!」

「て、てめぇ!!ランドセルを馬鹿にしやがったな!!文次郎の分際で!!」


留三郎が文次郎の胸倉を掴んで、立ち上がる。
その流れで二人は見慣れた取っ組み合いを始めた。


「そんな……雛ちゃん……、僕、信じてたのに……あ、きっと脅されてるんだ。うん、そうに決まってる。じゃなきゃ有り得ないもの。雛ちゃんが僕以外の男を好きになるなんて」

「伊作、その危険物を仕舞え」

伊作の手中に収まるのはどこから取り出したのか定かではない注射器。
怪しげに光るその針先と異臭を放つ波打つ液体。
仙蔵が静止の一声をかけると渋々と懐に仕舞う。その開いた懐から数本の針が見えたのは仙蔵の見間違いであって欲しい。


雛の事情が耳に入った時は少なからず仙蔵も驚愕した。
並行して同級生達が自分同様にまたはそれ以上動揺し、嘆くことを彼自身予測していた。
しかし一つだけ想定外なことがあった。
雛の兄、小平太の反応だ。
学年、否学園中で暴君の名を轟かせ、恐れられている奴のことだ。
その事実を耳にした途端に雛に詰め寄り、実力行使にでていただろう。
けれども今の小平太はどうだ。
口を固く噤んで、ただ冷静にそこに居る。暴れるような素振りは一切見せない。
はたして七松小平太とはこのような男だっただろうか。


「……小平太、やけに落ち着いてるじゃないか」


気味が悪い。
こうも落ち着いてると逆に勘繰ってしまう。
何も感じさせないからこそ不気味であり、畏怖してしまうのだろう。


「……落ち着いてる、だと?」


ゆっくりとその双眼を開く。
纏わりつく空気が一気に変わったような気がした。


「……私の目が黒いうちは雛は誰にもやらない。私以上に強い男が表れない限り雛は私のものだ。…………それを承知の上で私の妹に手を出す輩がいるとはな……虫酸が走るわ」

「……小平太、机が折れる」


あぁ、長次。スマンな!!
ミシミシと音をたてた机から手を離して、先程とは反した笑顔を張り付ける。
仙蔵は胸を撫で下ろすのと同時に小さく溜息を吐いた。
まさしく暴君の名に褪せない威圧。
自分も例外ではないが雛はなんて厄介な奴らに好かれるのだろうか。
気の毒ではあるがそれもまた彼女の運命なのかもしれない。
なんて言ったて自分達は往生際が悪い。その上、立ちも悪い。些細なことでそう簡単に彼女を他の男に明け渡すわけにはいかないのだ。


「早急に策を講じる必要があるな」


まずは、なんとしてでも相手の男を探し出さねばならない。
情報源である滝夜叉丸を叩けばおそらくすぐに分かるだろう。
今までだってそうやって私達は雛の周りの男達を排除してきたのだから。


ちらりと向かいの小平太を盗み見る。
今こそ、颯爽として笑みを浮かべているがその奥底からは隠しきれない感情が滲み出ている。

あぁ、まったく雛。お前は相当命が惜しくないらしい。
この男の恐ろしさは妹であるお前が一番に理解しているはずなのに。お前がその兄の逆鱗に触れてしまうとは。
こうなってしまってはもう誰にも止められない。

さて、愚かなる妹よ


お前はどう動く?














(どうしてなんだー!!雛ー!!白いハイソックスが気に入らなかったのかっ!!)

(早く相手の男を殺さ……じゃなくて捕まえないと)

(留三郎、伊作。うるさいぞ!!)
(小平太……笑顔で物に当たるのは止めなさい)


_

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ