なんということでしょう。

□19:親愛なる我が友へ
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「おい、雛は一体どうしたんだ」

「何言ってるんだ、文次郎。何時も通り阿呆面の雛ではないか」
「いや、確かに何時もと似たような気の抜けたような面してるけどよ、でもあれは」
「おいおいマジかよ文次郎、この暑さで頭が参っちまったのか?あれは紛れもなく幼児体型の愛くるしい雛じゃないか。うん、今日も変わりないぜ‥‥!」
「留三郎の言う通りだよ!‥‥あぁ!雛ちゃん今日も可愛いなあ」

「いやいや!おかしいだろ!てめーらの目は節穴か!?」
「文次郎、うるさいぞ」
「ぐぉっ」


仙蔵の拳が綺麗にみぞおちに入る。
大川学園生徒会長ギンギンーーもとい、潮江文次郎は目を疑った。
俺がおかしいのか?いや、そんなことない!
自問自答してみるがやはり自分の眼は至って正常だ。
おかしいのはこいつらだ。確かに雛は何時もふざけたような顔をしているが今日は明らかに違う。
まず、格好からして極めて異常だ。
寝間着だろ。寝間着だ。絶対に。寝間着の上から制服のスカートを着用しただけだ。あれ、絶対に寝起きで登校しただろ。あり得るか?あり得ないだろ!花の女子高生だぞ?いくらガサツな雛とはいえ、制服は今までしっかりと着こなしていた筈だ。
しかもあの頭。なんか、こう、ボンバイエ。爆発してるじゃないか。流石にこの俺でもあれが流行りの髪型じゃないことはわかるぞ。

そして極めつけはあの死んだ魚のような瞳。
なんだ、あの悲惨な顔は。あの顔が留三郎や伊作が言うようないつも通りの顔だとしたら、残念過ぎるだろ。何十年も刑務所に居てやっと今日の朝出所したみたいな顔じゃねぇか。
隣にいる竹谷なんて見ていて気の毒な程、心配そうな面してやがる。小平太に至っては無表情だ。


「おいっ!雛っ!」


様子が違う雛に動揺し、気付いたら声を荒らげていた。
足は自然と雛の方へ向かう。


「何だその格好は!お前制服はどうしたっ!」
「いきなり叫ぶんじゃねぇ!雛がびっくりするだろ!」
「文次郎、乱暴だよ!」


留三郎と伊作の非難を押し退けて雛の肩に手を掛けると、虚ろな目をした雛がゆっくりとこちらを向いた。


「あ‥‥潮江文次郎先輩、おはようございます」
「!?」


こ、こいつ今、なんて言った?潮江文次郎先輩?こいつが俺のことを?しかも敬語で?
有り得ない現実に頭が混乱する。目の前の人物は雛か?本当に生意気で馬鹿で横暴な雛か?あの小平太の妹、七松雛なのか?
現実を受け止め切きれていない頭の中で普段の雛の姿が駆け回る。


「雛〜!大丈夫か?急に中年が話し掛けてきて怖かったろ〜!」
「雛ちゃん!朝から会えるなんて今日はいい日だよ〜!」

「おはようございます食満先輩、伊作先輩。わざわざ心配してくださってありがとうございます食満先輩。いつも優しいしていただいて食満先輩には本当に感謝してます。伊作先輩、私も朝から会えて嬉しいです」



まるで雷が落ちたかのような衝撃がその場に走る。俺だけじゃない。そこに居る全員が驚愕して固まっていた。
おい、本当に一体どういうことなんだ!
理解し難い雛の受け答えに頭がついていかない。


「急にどうしたんだ雛?何時もの照れ隠しはわかっていたけどいきなりデレるなんて」
「そうだよ。雛ちゃんが僕のこと好きなのは知ってたけどなんで急に素直になっちゃったの?」


見当違いをしている留三郎と伊作が詰め寄っても雛は気味の悪い笑顔を浮かべてあいつらが喜びそうな言葉を垂れ流す。ずっと雛の様子を案じていた竹谷はとうとう顔を青くさせていた。
おかしい。明らかにおかしい。俺以外にもやっと事の異様さに気付いた奴が痺れを切らして一声あげる。


「小平太、どういうことだ。説明しろ」


不機嫌な態度を隠しきれていない、最早、隠そうともしない仙蔵があからさまに眉を顰める。
小平太は珍しく口を噤んでいた。
前に進みだそうとした仙蔵を長次が軽く制した。そして小平太に向き直る。


「‥‥小平太」


今までずっと黙っていた長次が小平太を促すと、小平太はこちらを一瞥して、雛から少し距離を置いたところで小さく声を零した。


「兵水へ行く」












「おい雛、今日はいつもに増して不細工な顔してるじゃないか」
「‥‥‥‥」
「おっ、なんだ?いつもみたいにギャンギャン吠えないのか?」
「‥‥‥‥」
「はは、真実だから言い返せないんだろう!ついに自分の凶暴さを認めるんだな?‥‥‥‥おい、雛」
「‥‥‥‥」

「雛、そのへんにしてあげて三郎が泣きそうだから」


教室に入ったら真っ先に話し掛けて来たのは三郎だった。異様な私の姿に教室中が動揺したが、三郎のようにお構いなしに関わってくる生徒はいなかった。
三郎の相手をする元気もなく無視し続けたら、ついに雷蔵が仲裁に入る。
それを遠巻きに兵助と勘右衛門と竹谷が密かに見守っていた。


「おい八左ヱ門、どうしたんだよ雛は」
「昨日の夜からずっとあんな様子なんだ。聞いても何も話してくれねえし。本当に心配だよ」
「七松先輩と喧嘩でもしたのか?」
「いや、それはない。七松先輩も雛のこと心配してたし」
「えー、じゃあもしかして失恋?」


冗談で言った勘右衛門の言葉に私は分かり易い程に反応した。
三郎と雷蔵は目を丸くさせ互いに顔を見合わせる。言葉にした勘右衛門本人も「マジか‥‥」と呆気にとられた。


「っ、雛、そうなのか!?」
「は、はっちゃん」
「俺っ、‥‥ごめん!無神経なことずっと聞こうとしていて」
「う、ううん、はっちゃんは何も悪くないよ!私が勝手にいつまでもウジウジしてたから‥‥」
「雛っ!」


「ちょっ、お二人さん?二人の世界に入らないでくれます?」


感極まって抱き合う私達に勘右衛門が水を注す。
何年も一緒にいるが勘右衛門を含め周りは二人が創り出す世界に未だに慣れることはできなかった。それよりも、気になるは雛の失恋のことだ。つい先日この色事から程遠い友人から衝撃的な事実を知らされたばかりだというのに。


「失恋ってどういうこと?もう告白したの?」
「いや、してないけど‥‥」
「じゃあ、何?相手に彼女でもいた?」
「それはーーー」


しつこく尋ねると雛は渋々語り始めた。
雛は昔から押しに弱いところがある。一度吐かせてしまえばもうこちらのものだ。そこからは容易かった。


「なるほど、つまりそいつには昔から大切に想っている女がいるってことなんだな」
「うん」


それは仕方が無いな。いや、違う。次、頑張れよ。これも違う。
兵助は掛ける言葉に悩んだ。幼馴染みの八左ヱ門ならどういった言葉を掛けるのだろうか。横目で盗み見ると雛よりも悲惨な顔をしていた。多分、本気で大事な幼馴染みを憐れんでいるんだろう。
何か言わなくてはと口を開いた時だった。


「ふん、馬鹿馬鹿しいな」


厳しい喝が飛んできた。
声の主を辿ると冷静な表情をした三郎が雛を見下ろしていた。


「そんな下らないことをいつまでも引きずるなよ。みっともない」
「なっ」
「三郎!」


雷蔵の叱咤を無視して三郎は口を動かす。雛は顔を真っ赤にしていた。


「なんだその醜態は?私達の気を引いて慰めて貰いたかったのか?」
「三郎!お前いい加減にっ」
「八は黙ってろ。お前がいつもこいつを甘やかすからこうなるんだ」


「さ、三郎にはわからないよ!私の気持ちなんて!」


遂に雛が声を張り上げた。


「あぁ、わからないさ。わかりたくもないね。初めから諦めようとしている根性なしの気持ちなんて」
「っ、じゃあどうしろって言うの?諦めろって言われた相手にこれ以上何を求めればいいの?迷惑掛けたくない!」


叫ぶ雛を見て、中学の頃の記憶が兵助の頭の中で蘇る。
確か雛を振った男が七松先輩に半殺しにされた日の夜。周りに迷惑を掛けるくらいならもう恋なんてしない。今より短い髪のセーラー服姿で俯いてそう言った少女が重なる。
多分、きっとあの時から雛は無意識に恋愛を避けてきたのだ。
勘右衛門も八左ヱ門も雷蔵も覚えている筈だ。三人も俺と同じように雛と三郎を見つめていた。

三郎は一息吐くと、雛の肩に手を添えた。


「‥‥らしくないって言ってんだよ、雛。何弱気なってんだ。殺しても死なないようなゴリラ女のくせに。いつもの諦めの悪さはどこにいったんだ」

「‥‥三郎」

「相手に遠慮なんかしてたら恋愛なんてできないだろ。やってみろよ、いつものお前らしく最後まで」


それは不器用なりの三郎の激励だったのだろう。
先程のような冷酷な表情ではなく、柔らかな表情を雛に向けていた。


「誰がゴリラ女だこの野郎!」


勢いよく振り上げた雛の拳が三郎の顔面にヒットする。痛みに声をあげた三郎が後ろによろめく。


「おま、何す」
「ありがとう。お陰で目が覚めた」


そう、これだこの目だ。
三郎は雛の瞳を見て確信した。
覚悟を秘めた潔いこの目に私は、私達は惹かれたのだ。


「皆、心配かけてごめん。でももう諦めないから!」
「っ、雛ー!」


八左ヱ門が思い切り雛を抱きしめる。力が強過ぎて雛が苦しがっているがお構いなしだった。


「あーあ、雛の背中押しちゃって、いいの?」
「あいつが色事に現を抜かすのは気に入らないが、さっきのあいつはもっと気に入らなかったからな」
「ふふ、本当は心配で堪らなかったくせに、素直じゃないなあ」
「雷蔵!」


「いやー三郎、見直したよ」
「俺も」


勘右衛門が肩に手をまわし、兵助が賛同する。

「馬鹿言え、私は元々出来た人間だ」
「調子いい事言っちゃってー」
「僕は知ってたよ」
「っ雷蔵〜!」












(雛先輩!)
(滝夜叉丸?どうしたんだ?)


(七松先輩が兵水に乗り込みに行きました!)
(っ、はぁぁあ!?)


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