〜chapter1〜
「君の名前は?」
白衣に身を包み、温和な表情をした若い男が質問した。
「・・・・・・・。」
相手は、返事をしない。
「・・・もう1度聞く。君の名前は?」
「・・・・・・・。」
やはり、相手は返事をしない。
白衣の男は、ため息をつき、机の上のミネラルウォーターを飲んだ。
「やれやれ、何度質問しても駄目のようだ。」
どうやら、白衣の男は何度も同じ質問をしていて疲れた様子である。
質問していた相手は、およそ12歳くらいの少年のようだ。
表情は、暗くも明るくもなく、まるで感情など持っていないような様子だ。
少年の付添の中年の女性が口を開いた。
「カルディア先生、この子どうしましょう?
帰るお家もないんですよ!?」
「・・・・。」
今度は、白衣を着た男、カルディア先生が沈黙している。
しかし、暫くして、
「・・・・よし、私がこの子の面倒を見よう、モリゾ夫人、君はもう帰った方がいい。
あとは、この私に任せてください。」と答えた。
「ええ?先生、大丈夫なんですか?」
夫人は、驚きと心配の入り混じった表情で聞いた。
「大丈夫さ、私は、家族などいないし、家に帰っても1人だ。子供の面倒くらい見れるさ。
今夜は、2人分の料理を作らなくてはならないがな、別に平気さ!」
カルディア先生は、明るく答え、夫人を説得しようとした。
「そう・・・、そうよね!
先生なら安心だわ、きっとこの子の面倒をよく見てくれる。
すいませんが、お願いできますか?」
夫人は、納得したようだ。
「任せてください。それでは、もう、そろそろ時間です。」
時計は夕方18:00になっていた。
そう、ここは、カルディア診療所。
町の心療内科である。
診療時間も、もう、終了だ。
モリゾ夫人と呼ばれる女性が帰っていくと、診察室に2人っきりになった。
カルディア先生は、少年に話しかけた。
「名前を答えないんじゃ、君のことを呼べないな、
よしっ!私が君の名前をつけて呼んでいいかい?
そうだな〜・・・・・
お!
思いついたぞ?
アモルはどうだ?
ラテン語で”愛”という意味だ、どうだい?
」
「・・・・・・・。」
少年は、やはり返事をしない。
「よしっ!アモル!
私の家へ行こう!」
カルディア先生は、アモルの手をひき、夕暮れの中、道を歩いて行った。
〜続く〜
〜chapter2〜
戸を開けると、そこにはペパーミントの爽やかな香りが漂っていた。
カルディア先生のお気に入りの香りである。
「さあ、お入り、ここが私の部屋だ」
カルディア先生は、少年アモルの手を引き、招き入れた。
そして、ダイニングチェアに座らせた。
「夕飯の支度をするから、ちょっと待っていてね。」
カルディア先生は、冷蔵庫から、野菜を取出し、洗い始めた。
アモルは、自分からは動こうとしない。
辺りを見回すわけでもなく、ぼ〜っと1点だけを眺めている。
普通の12歳の少年であれば、好奇心旺盛の為、部屋のあちこちを見たくなったりする筈である。
「夕飯ができたよ」
カルディア先生が、チキンのフライに、スープとご飯を持ってきた。
「腕を振るって君の為にご馳走・・・と言いたいところだったけど、あいにく、私は、一人身なものでね。
こんな質素で簡単な料理しか作れなかったよ、すまない・・・。」
カルディア先生は、少し申し訳なさそうに言った。
「それじゃあ・・・・、いただきます!」
先生は、チキンのフライから、手をつけた。
そして、ご飯、スープという順番で食べていった。
「どう?美味しい?味には自信ないんだけれど・・・・・・・・
って、アモル!全然、食べていないじゃないかぁ!」
カルディア先生は、驚いた。
少年アモルは、ピクリとも動かず、夕食に全く手をつけていなかった。
「きちんと食べないと、大きくなれないぞ?
ほら、少しでも食べて!
・・・せめて、スープだけでも・・・・。」
先生が、スープをアモルの口元まで、運んでも、アモルは、ぼ〜っと遠くを見つめたまま、口を開かずに、
反応しなかった。
結局、夕食は冷めてしまった。
「仕方ない、気の進むとき、食べなさい。ここにラップしてとって置いておくからね。
よし、お風呂に入ろう!
アモル!私と一緒に入ろうか!」
先生はお風呂の準備をした。
アモルは、聞こえているのか、聞こえていないのか、無反応のまま、ダイニングチェアに座り続けていた。
「さあ、準備できたぞ〜!
アモル、君も早くおいで!」
先生が呼んでも、アモルは動かないので、先生は、アモルの側に寄り、また、手をひいた。
「仕方ないな〜」
浴室で、先生は、アモルの服を脱いだ。
つんと鼻をつくような臭いがした。
「アモル・・・、臭いな、お風呂しばらく入っていなかったのか?」
先生は、鼻をつまみながら言った。
アモルの体に視線を落とし、次の瞬間・・・・!
「・・・・・・!
アモル・・・・、君・・・・、これ・・・・・なんだ!?」
カルディア先生が、何かに気づいて驚いた様子だ。
いったい、アモルの体に何かあったのか。
〜続く〜