便利屋の銀魂な話
□便利屋4
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三日後。
「銀さん知ってますか?離久さんの噂」
万事屋に来た新八は、ソファの上に寝転んでいた銀時に声をかけた。
「知らねーけど。ってかぱっつぁんは離久に会ったこともねぇだろ」
神楽は酢昆布をくわえたまま、銀時がいるソファの向かい側のソファですやすや眠っている。
「そ、そうですね。銀さんが酔い潰れて帰ってきたとか言ってた日には僕はもう帰ってましたから。でも便利屋って結構有名になってきてるそうですよ」
「ふぅん」
特に気にした様子のない銀時。
「で、姉上が近藤さんから聞いたらしいんですけど、…その便利屋の離久さん、殺人未遂したらしいですよ」
「…」
ここでようやく銀時がピクリと反応した。
「なんでも、依頼人が『ある人を殺してほしい』って依頼したら、離久さんが報酬として大金を要求してからさらに付け加えて『君の命も一緒に。前払いで』って
「で?アイツは打ち首ってか」
ソファに座り直した銀時は新八を見ながら訊ねた。
「いえ、離久さんはまだ捕まってないらしいです」
「…。今ので全部台無しだな」
「ど、どういうことですか銀さん」
銀時は新八の問いには答えずに玄関へ向かっていく。
「ちょっくら会ってくる」
「誰にですか?」
「決まってんだろ。離久だよ、便利屋の」
そう言い残して、銀時は玄関を出ていってしまった。
離久は晴れた日が好きだった。
雲一つない快晴の下、離久はやはり偽りの笑顔で大通りを堂々と歩いていた。
そこには町の巡回をしている土方と沖田もいて、二人の視界には離久の姿がバッチリ捉えられているはずだった。
しかし二人はまるで見えていないようで。
「オメーらの目は節穴か?目の前に殺人未遂したやついんじゃねーか」
「なっ!?テメッ万事屋!!」
土方と沖田の後ろからスッと出てきた銀時は、前方にいる離久の背を見ながら言った。
「嘘つくならもっとマシな嘘つきやがれ。バレバレなんだよ」
銀時は「おい便利屋」と声をかけた。
離久は振り向いて銀時と土方、沖田を見比べる。
途端に離久がニヤリと口角をつり上げた。
「何かな?」
離久は立ち止まって、三人が近づいてくるのを待っていた。
よく見ると、離久の背には斜めがけにされた風呂敷があった。
風呂敷には何かを包んでいるようで適度に膨らんでいる。
「おいおい、殺人未遂のやつが逃げなかったらおかしいだろ」
「あれデマだし」
離久はさらりと言った。
「おい、もう
土方が言いかけたのを制して、離久は近くまで来た銀時を見据えた。
「なんであんなデマ流した」
「…アッシ自身の身の安全を守るためだよ」
「どういうこった」
「最近多くなってきてさ、ヤバい連中からの依頼が」
離久は続けた。
「アッシがヤバいヤツだって噂になれば、むやみに人を殺せと依頼してくる輩を減らせるでしょ」
「そんなことしたらそのヤバい連中がテメーのこと同じ側だと勘違いして余計増えるだろ」
「増えたとしても、殺人の依頼は減るさ。ヤバい輩はアッシに警戒するって寸法だよ。『殺せ』じゃなくて『襲撃しろ』って依頼されたら、殺せとは言われなかったって言えるし」
土方の眉がピクリと動いた。
「だが今のテメーは殺人未遂の肩書きを背負ってんだ、ヤバい輩しか依頼して来なくなんぞ」
「やっぱりそこだよね、問題は」
離久はわかっていた風に頷いて続けた。
「だから今回は銀時君、君のみに噂を吹き込んだ」
「…は?」
「君は騙されたんだよ」
離久はニヤリと笑う。
「近藤君から銀時君の手前までの人にはあらかじめその噂がデマだということを伝えてある。そして、銀時君に伝えるときは、それを黙っておいてもらうように頼んだんだ」
「結局デマだって分かったけどな」
「そうなることも計算済みだよ。でも、たとえデマだとしても、もうすでにその噂が町に出回っているように思ったでしょ?そういう意味で君を騙した」
銀時は眉間にシワを寄せていた。
「何でこんなことしたんだ?」
「他人の意見を聞きたかったんだよ。まぁ、ちょっと大がかりだったけどね」
離久は肩をすくめた。
「コイツらとかお妙とか新八にも聞いたのか」
「うん。もっとも、銀時君のときとは違ってストレートに訊ねたけどね。皆同じようなことを言ってたよ」
「じゃあ俺にもフツーに相談にくりゃいいじゃねぇか」
それを聞いた離久は吹き出して、面白いものを見たかのように声を出して笑った。
「アッシがそういうのホイホイできるヤツに見える?…それと、君にはこういう方法をとる方がより真剣に考えてくれるかなって思ってね」
「なんで俺の評価がそんなに低いわけ」という銀時の問いに離久は「なんとなく」とだけ答えた。
そして近くにあった橋の柵に飛び乗っると、バランスを取りながら進んでいく。
片足でくるりと方向転換すると、離久は下にいる三人を見て言った。
「結局、アッシは噂を流すのが怖かったんだ。死にたくないから死なないために方法を考え、他人を利用してまで答えを見つけ出そうとしている」
離久は初めて自嘲するような笑みを浮かべていた。
普段見せているものとは違う笑顔を見た三人は、しばらくの間黙っていた。
内心で驚いていたのかもしれないし、同情していたのかもしれないし、何も感じていなかったり、馬鹿なやつだとか哀れなやつだと思われていたりするかもしれないが、それは本人達しか知り得ないことだ。
離久がそう思っていたとき、銀時がおもむろに口を開けた。
「死にたくねぇって思うのは皆同じだ。それに、相談するってーのは別に他人を利用してるってわけじゃねぇ。悪いことじゃねぇ。テメーだけで抱え込まねぇで、勇気だして、他人に助けを求めてるってこった」
「…」
「こんな真似しなくても、相談ならいくらでも乗ってやる」
言いたいことを言い切った銀時はすっきりしたのか、一つ大きな息をついた。
彼は優しい笑みを浮かべていた。
「君は――」
ヒュウッと突風が吹いたかと思えば、離久の体が斜めに傾く。
橋の下を流れる川に引き込まれていくような錯覚を覚えて。
「あーあ…」
そんな呟きが聞こえ、水飛沫が舞った。
「「おい離久!!」」
銀時と土方が橋の柵に駆け寄り叫ぶも、返事がなければ水面にプクプクと泡が立つこともない。
「まさか…カナヅチかあいつ!?」
「そういや、金槌武器にしてやしたぜ」
沖田は何の意味も持たないことを喋って呑気に川を眺めているが、今はそんな場合ではない。
「万事屋、テメー早く行けよ!!」
「何言ってやがるこういうのはテメーら警察の仕事だろーが!!」
変なところで対立する二人は離久そっちのけで言い争いを始める。
「行けっつってんだろ!!」
言いながら土方が銀時を蹴り上げた。
「うおっ!?」
銀時が宙に舞い、川へ落下した。