マリオネットワルツ

□やって来た彼
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「......狭野橋上総。よろしく......お願いします」

そう言って、自らを狭野橋上総と名乗った転入生は小さく頭を下げた。

雨が降ったり止んだり、気まぐれな天気の梅雨の時期。
六年は組の教室でのことだった。

六年生にもなれば、同学年に生徒が増える事はまずない。

実力不足、お家の事情などで学年が上がるにつれて生徒数が減っていく。

衣食住を共にするためか六年は組、いや六学年、言ってしまえば忍術学園全体で大きな家族の様な感覚をほとんどの生徒がもっていた。

そこに見ず知らずの人間が混入する。
そのためか、六年は組の生徒は物珍しそうに上総を見ていた。

痛いくらいの視線を浴びている当の本人は、琥珀(こはく)色の瞳でじっと虚空を見つめるだけだった。

「狭野橋、お前はあそこ、あの空いているところに座ってくれ」
教師は上総に「忍たまの友」を渡しながら、柔らかい雰囲気をした青年の隣を指差した。

上総は、はいと返事をして、自分に向けられる視線を気にする事もなく席まで行き、腰を下ろした。

ちらちらと転入生を盗み見る生徒に対して教師が授業を始めるぞ、と宣言する。
そのおかげで、しぶしぶという感じに六年は組の生徒は上総に好奇の視線を向けることを止め、筆をかちゃかちゃと準備したり、忍たまの友をめくったりしはじめた。

すると。
「あの、初めまして」
そう言って上総に小声で話しかける
柔らかい雰囲気の青年。
これからよろしくね。と小さく笑いながら自己紹介をしてくる。
「僕は善法寺伊作。伊作ってよんでね」

上総が何も言わない内に、伊作の向こう側から声が飛んでくる。
「おい伊作、紙に墨こぼすなよ」
そう言いながら、いかにも面倒見のよさそうな青年が伊作の肘近くにある墨つぼを、こぼさない位置に移動させた。(そんな事をしても、いずれはこぼれるのだが)

そして上総の方へ目を向け、教師に注意されないよう、やはり小声で話しかけてくる。
「食満留三郎だ。よろしくな」

そんな二人を上総は無表情でじっと見つめ、よろしくお願いしますと抑揚のない声でつぶやいた。

それから思い出したように黒板に書いてある文字の羅列を写しはじめる。
黒板に書いてある文字を写すだけの事なのに、白く細い指先で筆を動かす上総の動きはひどく機械的なものだった。

そんな上総を見て、伊作と留三郎は同じ事を思った。

無表情を浮かべる顔、感情のこもらない声。深い赤毛の長髪に、色素の抜けてしまったような白い肌。

そう。
それは。
彼はまるで、人形のようだ。

そう思わずにはいられなかった。
 

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