夢想

□挑発的シャドウ
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ある一人の男が、城下町を走りぬけ、ただひたすらに城を目指して走ってゆく。
己の通った後に巻き起こる土煙に、傍を通っている人々が迷惑を被っていることなど気にも留めない。
男の視線は城のただ一点だけに向けられており、他のことなど全く眼中にないのだ。


「政宗どのぉおぉおぉおおぉ!」

伊達領内に響く雄叫び。

それは他でもない、武田の若き虎のものである。



そしてこの男が

「もう少しでお会いできるでござるぅうぅ!」


奥州の筆頭、伊達政宗を恋い慕っていることは…最早衆知のことであった。




【挑発的シャドウ】



「ぅうぅおぉおぉぉ突破突破ぁ!!」

門を抜けて城内に入ってすぐ、幸村はその目にお目当ての愛しい人を捉えると、見事なスライディングをきめて政宗の目の前でぴたりと止まった。

「おぉ、政宗殿!某を待っていて下さったので御座るか?」
「Ha…んな訳あるかよ。散歩してたらお前のその無駄にデカイ声が聞こえたんでな。門の方に向かって…」
「ああ!それで某を迎えに来たんで御座るか?叫んで良かったで御座る!」
「………。」

だから何故そうなる。
人の話はちゃんと聞け、とその時の政宗には言えなかった。奴の後ろに尻尾が見える気がした。

政宗は堪らずそのきらきらと輝く瞳から視線を外し、大きな溜息をつく。
怒る気さえ失せてしまった。


「某、政宗殿にお会いしたくて…甲斐から単身、走って参りました!」
「really!?…走ってってお前…まぁ良い。それより此処は城内だぜ?門番はどうした?」
「門、番…?」

政宗の問いに幸村は一瞬ぽかん、と間抜けな顔をして

「…はて、門番など……某、門を突き破って来たので…門番には挨拶をしておりませぬ…」

凄いことをさらっと言ってのけた。

「てめぇ……」
「某としたことが…つい政宗の事ばかり考えてしまって…やはり、きちんと挨拶をし通して貰うべきで御座った…!」


…この男は門番に挨拶をすればすぐに通して貰えると思っているのだろうか。同盟国とはいえ、一国の主に、予約も書状もなしに。

しかし帰る時に挨拶をして帰ろう、などと言っておろおろとしているところを見ると、どうやら本気らしい。


「取り敢えず、弁償しろよ…門。」

政宗の声に、最早力はなかった。





「真田あぁぁあぁあ!」
「むっ?!この声は…」


声のする方向に目をやると、小十郎が走って来るのが見えた。

泣く子も黙る鬼の形相で迫って来る小十郎に、思わずたじろぐ幸村。




…だがよく見ると、その右手にはしっかとゴボウが握られていた。
何とも言えない図。

どうやら畑仕事の最中だった様だ。


「真田ぁ!…貴様、また勝手に領内に入りやがって…今日こそぶっ飛ばしてやろうか?」


睨み付け、凄む小十郎。

しかし



「…そのゴボウで、で御座るか?」
幸村の視線は小十郎の持つゴボウに向けられていた。

「……あぁ?」
「いくら何でも片倉殿……某、ゴボウでは倒されないで御座るよ?」




ぷつん、と何かが切れる音。


「貴様…どうやら本気で殺られたいらしいな…!」

ベシッという音を立てて、ゴボウがへし折られた。


今にも殴りかかりそうな小十郎。
それを制したのは、二人のやり取りを黙って聞いていた政宗だった。口元には小さな笑み。


「hey、小十郎…その辺にしとけよ。」
「…ッしかし!」
「俺は今日、機嫌が良いんだ。血なんか見せてくれるなって。」


それを聞いた小十郎は何かを思い出した様な顔をし、そして幸村の方へ向き直った。
その顔には先程と打って変わり、どこか余裕のある笑みが浮かべられていた。


「残念だったなぁ…真田。今日は政宗様の大切な客が来る。せいぜい、絶望する前におとなしく帰るんだな。」
「大切な…客人?」
「あぁ。政宗様とは、そうだな…俗に言う恋仲って奴だ。」
「…こい……っ!!?!」

「なんだよ小十郎、やっとお前も認めてくれたのか?」
「…まだ認めた訳では……しかし、こやつよりは政宗様に相応しいかと。」
「oh!それ、あいつに言ってやれよ。喜んで畑仕事を手伝ってくれるぜ?」

顔面蒼白になり、ショックのあまり口をパクパクさせている幸村を余所に、笑い合う二人。


「なっ…そっ、そやつは何者で御座るかっ?!」
「ah……お前に言うと面倒だから言わねぇ。」
「そんな!酷いで御座る、政宗殿。某、ちゃんと手土産に団子まで持ってきたのに…。」
「また団子かよ…。」
「政宗殿がどうしても言わぬと言うならば、そやつの顔を見るまで帰らないで御座る!」
「…いや、それはそれで困る。」

幸村の言葉に、政宗は呆れ笑いのような、困っているような難しい顔をした。

「真田、諦めて帰れ。あいつは恐らく、お前が帰るまで出てこないからな。」
「もうその辺に来てんじゃねぇのか?そろそろ約束の時刻だ。」
「なんと!…先程からあいつ、などと言っておられるが…そやつは男に御座るか?」
「んー……まぁ、な。」


それを聞いた幸村は、すぅと大きく息を吸うと、天に向かって声を張り上げた。



「こそこそと卑怯で御座るぞっ!男ならば正々堂々と姿を現し、名を名乗らぬか!!その様な奴、某は認めぬっ!」


「無駄だと思うが…。」
その凄まじい声のでかさに、小十郎は呆れ顔で耳を塞ぐ。

しかし、政宗は一瞬目を見開くと、すぐに意地悪そうな笑みを溢した。そして小十郎もそれに続く様ににやりと笑う。
「いや…、お出でなすったぜ?」
「おお!…何処で御座るか?」




「「お前の後ろに。」」


「え?…ッそなた、いつからそこに?!」
「…………。」

振り返った幸村の視線の先には、いつからそこにいたのか、一人の男が立っていた。

物言わず、気配もなく、
影の様に。


「全く気配がなかった…そなた、忍か……某は真田幸村。お主、名は?」
「………。」
「…んん?何だ、何故なにも言わぬ。何か申せ!」


焦れた幸村が眉をひそめ急かす。だが男の口から言葉が発せられる事はなく、鼻から上を兜に隠された顔からは何の表情も読み取れない。

「無駄だ、幸村。小太郎は滅多に喋らない。」
「小太、郎?」
「こいつの名前は風魔小太郎。お前だって、名前くらいは聞いた事あるだろ?」
「風魔…本当に実在しているかさえ解らない、伝説の忍…全ての忍の憧れだと佐助から聞いた事があるで御座る!しかし、そんな…まさか。」


「そのまさか、だ。なぁ小太郎?」
「……。」
政宗の言葉に応える様に、小太郎は小さく頷いた。

「政宗様はそいつが仕えている北条を攻めた時に、気に入ったと…今では北条とは同盟国だ。お前も知らない訳ではないだろう?尾張の織田を倒すには、味方は多い方が良い。甲斐にも書状が行っている筈だ。」
「それは、聞いていたが…」

恋仲などとは、聞いてない。
幸村の苦虫を噛み潰した様な顔には、はっきりとそう書いてある。


戦場で一目惚れしたお方は一国の主で。
その側近には嫌われていて。
知らない間にここここ恋人が…!?破廉恥極まりない!

しかも、相手は伝説の忍だと?
…佐助に言ったら喜ぶだろうか?喜ぶだろうな。風魔の伝説を語る時の佐助は子どもの様に目を輝かせていたし……




だが、絶対教えん。

自分の好きな人の恋人で喜ばれても困る。そんな奴の武勇伝など、聞かされてたまるものか!




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