夢想

□絶望するには遅すぎた
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久しぶりに呑みに行こうぜ、と電話をすると、急だったにも関わらず電話の相手は意外にも簡単に捕まった。

そういえば電話をかける事さえ随分ご無沙汰だったと、今俺の隣で静かにグラスを傾ける姿を見て思う。
どこか気品のあるその姿は俺の記憶にあった昔の姿に違いなかったが、前よりほっそりと痩せてしまった様な気がして。
大丈夫か?と俺が尋ねると、鼻で笑ったあとに、最近眠れなくてな、と小さく付け加えた。



「来月、元就の奴が結婚するんだってな。」
「……ああ。」
「政宗、お前…良いのかよ?」


こいつが眠れない理由は解っていた。
自分の恋人が他の奴と結婚するんだ。眠れないのも頷ける。

政宗と元就は俺達がまだ学生だった頃から付き合っていた。
そもそも、俺が政宗と初めて会った時、元就は政宗を自分の恋人だと紹介したのだ。あの時の驚きは今でも鮮明に覚えている。

「あいつは…あの有名な毛利グループの長男だ。同じような有名企業のお嬢様と結婚するだろうことくらい、解ってた。」
「けどよ!お前だって、まだあいつのこと好きなんだろ?元就だって…まだ、お前のこと」
「解ってて、付き合ってたんだ。もう何年も。少なくとも、…俺はな。」

そう言って小さく笑う横顔に
俺は何も言えなかった。
頭で理解しても、心がついていってないんだろうという言葉を俺は酒と一緒に必死に飲み込んだ。
それを言ったところで、どうにもならない事は解っていたからだ。酷く、もどかしい。

しかし、政宗は一気に酒を呷る俺の姿から全て理解した様で、苦笑いを浮かべていた。



「政宗…あいつ、何か言ってきたか?まさか、連絡よこさねぇ訳ねぇだろ?」
すっかり氷だけになってしまったグラスを眺めながら問う。
もし元就がこいつに何も言わず結婚しようものなら、殴りに行こうと思った。

「ああ…つい一昨日、あいつと会ったぜ。」
「元就は、なんて?」
「…元々…長々と言い訳めいた説明なんて聞くつもりねぇよ。こうなる事だって解ってたんだ、謝られたりしたらその場で思い切り殴ってやろうと思ってた。あいつは……ただ、」

途切れた言葉に、泣いているのかと思わず政宗の顔を見る。
しかし予想に反し、政宗は笑っていて、その目はどこか遠くを見ている様だった。



「感謝している、ってさ。」
「…そうか。」
「Ha、やっぱあいつは俺の事をよく解ってた。一言も謝らなかったからな。…それに…もう、会わないって約束した。」
「…本当に、良いのか、それで?」
「良いんだ。元々、そのつもりで会いに行ったんだからな。」


悔いがないなら、自分に言える事はない。
いや、悔いがないなんて事は有り得ないだろう。全てが虚勢だとは言えないが、本音はもっと別にあったはずだ。

ただ、自分の内にあるプライドが、それを告げる事を許さなかっただけ。



「最後に、言ってやったんだ。」
「……。」







「…お幸せに、ってな。」

政宗はにやり、と口の端をあげて笑った。遠くを見つめ続けたまま…恐らく、その時の様子を思い出しているのだろう。

「そりゃ…皮肉か…?」
「ふ…そう言った時のあいつの顔、見物だったぜ?恋人からの最後の言葉だ、愛してるとか好きだとか…そんなもんを期待してたのかもしれないな?」
柄にもねぇよ

そう言って、くつくつと喉を鳴らし笑う。

「…お前、いい性格してるよな。」
半ば呆れた顔で言うと、政宗は笑うのを止めた。視線はグラスの中に注がれている。



「勿論、皮肉だと思われたならそれでも良い……あいつがそれで、俺のことを忘れないなら。」

「…お前…。」
「この俺様をフったんだぜ?忘れられてたまるかよ。」
「……。」


「あいつには…死ぬまで、覚えてて貰う。当然だろ?」
「…ああ。」
「けど、な」










「俺は、死んでも忘れない。」





再び何も言えなくなった俺のグラスの中で

溶けた氷が音を立てて回った。


(傍にいてくれなんて言わねぇから)
(ただ、覚えていて欲しい)
(お前をまだ愛してる馬鹿がいることを)

END




何年も前から解ってたんだ。
涙なんて出やしないさ。

絶望するには、遅すぎた。


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