夢想

□いつかは君を、または見るべき
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「・・ひと雨、降りそうで御座るな。」

部屋から見る外は薄暗く、天は今にも泣き出しそうだった。昼間なのに光の入らない室内は、既に夕のように薄暗い。

「・・・・・旦那。」

ふと後ろから聞きなれた声が聞こえて振り返る。

「おぉ戻ったのか、ご苦労であった!・・・・・・佐助?」
振り返った先に居たのは、案の定、迷彩の部下。
だがそこに居るのはいつもの飄々とした彼ではなく、軽くうつむいた彼の表情は何処か陰のあるものだった。
「どうしたのだ?」
「あのさ、旦那・・・・・。」






顔を上げ、視線があった。
瞬間、嫌な予感がして。






「落ち着いて、よく聴いて。」





自分に向けられている、瞳。
その奥に 小さな闇が、ちらついていた。








■いつかは君を、または見るべき■








時は戦国の世。
天下を夢見る兵(つわもの)達の激動の時。
各国の武将達が名乗りを上げては、消え・・・新しい者が、また名乗りを上げる。
それは、何事も無かったかの様に。さも、当然に。
そんな時代において、時というものはとても重要なものであった。

運命、時の悪戯。

どんな強者でも、時を見誤れば一瞬で全てを失う。また、たとえどんなに慎重であろうとも、それの悪戯から逃れる事は出来ないのだ。

足掻く人々を嘲笑う様に、その足元をすくってゆく。







「・・・今、なんと。」
「だから・・・・・・・・・・。」

思いもしない言葉に、聞き返す。
佐助はそんな俺の愕然としているであろう瞳から一度視線をはずし、たっぷりと間をおいてから大きく息を吸い込み、吐き出すようにもう一度言った。













「独眼竜の旦那が、亡くなったんだよ。」







理解 出来なかった。

その意味が。


「な・・・ぜ、そんな・・嘘だろう、佐助?」
「理由はわからない。このご時世だ、大将が亡くなったと解ればすぐに諸国から喰われてしまう・・・奥州伊達の家臣達は、なるべく事の詳細がばれない様に必死になってる。それも時間の問題だけど。こっちには一応同盟国として、少しずつ情報が入ってきてる。それで・・・死んだ事は、確かなんだ。」
恐らく、先の戦で負った傷が致命傷になったのではないか


そんな付け加えも、最早何の意味も持たなかった。
聞きたかったのは、そんな事ではない。






「嘘、だと・・・言って、くれないのか?」





嘘だと、言って欲しかった。






現在、強敵である織田とその周辺諸国を討つために奥州と甲斐は同盟を結んでいる。政宗殿が傷を負ったという先の戦の事も聞いていた。だが、致命傷になるほどの傷を負ったなどという事は、ちらりとも聞いてはいなかったのだ。



・・・それなのに
こんな事が、あるだろうか。




「・・・・・お館様は、ご存知だったのか。」
「・・・あぁ。けど、こっちもすぐに戦があっただろ?独眼竜の旦那がそんな傷を負ってるなんて知ったら戦に身が入らないだろうって・・・すごく悩んでの、決断だった。勿論、こんな事になるなんて・・・あの時じゃ解らなくて。でも旦那・・・大将は、大将なりに・・・」




そんな事になっていただなんて・・・
そうか・・・だからお館様はあの戦のとき伊達軍に救援要請をしなかったのだ。




「・・・・・・・・嫌だ・・・・・。」
「旦那・・・?」
「嘘だと、言ってくれ・・・佐助。」
「・・・無理だよ。」
「・・・・・っ・・・」









「嘘だと言えッ!!!佐助!!」

ダンッ

気がつけば俺は佐助の胸座を掴み、壁に叩きつけていた。

己の中の黒い感情をぶつける様にして。



睨み付けるその先には、無表情。
そして彼は呟く様に言葉を放った。








「嘘だよ。」








表情同様、何の感情も含まない空虚な短い台詞だった。



「な・・・」






「それで、何が変わるの?」






「さ・・・・・すけ。」









「嘘って言って、何が、変わるんだよ。」







そう言った、瞳の奥に感情が見えた。

憐れみと哀しみの混じった、色。

その瞳が、嘘ではない事を何よりも物語っていた・・・。

「・・・・・・・・っ・・・。」
突き付けられた現実に言葉に詰まって。











「すまぬ。」


やっとの思いで一言を絞り出し、手を離して解放する。



「良いけどさ・・・・・変な気だけは、起こさないでくれよ。」



そう言って佐助は服を整えると、次の瞬間

闇に溶けて消えた。






「・・・・・・・・・・・・。」



ついに堰を切ったように雨が降り始め、遠く雷のなる音が聞こえる。

「・・・政宗殿・・・。」


小さな呟きは激しい雨音に掻き消され、まるで己の台詞が見えない何かに・・・否定されたようで。

時の止まった部屋に残されたのは
膝を折り、呆然と空虚を見ている






俺だけ。







それから数日間、俺の身体は食べる事を拒否し続けた。眠る事も出来なくなっていった。

だが、俺は武士だ。
戦場で倒れるなんて事になったら、お館様に迷惑が掛かってしまう。
そんな事は、あってはならない。

俺は無理やりに食べ物を押し込み続けていた。
そんな俺を見てお館様は時折酷く辛そうなお顔を見せたが、かといって何も仰る事は無かった。
しかし、食べる物は出来るだけ喉を通り易いものをと思案して下さったり
痛ましい俺の姿が見られる事の無いように、他の兵が居る前では今までと同じ様に熱く接して下さったりと、とても良くして下さっていた。
そんな甲斐もあってか、一ヶ月が過ぎる頃には俺の身体は少しずつだがまた食べ物を受け付けるようになった。

「身体は回復しておるようだな、幸村よ。・・・・・・何よりじゃ。」

お館様は喜んで下さった。
・・・・・けれど、俺の中には素直に喜べない自分が居た。


貪欲に食べ物を吸収していく己の身体が







憎くて憎くて仕方なかった。






何度も何度も、箸が止まりそうになって。



俺は無理やりに黒い感情を押し殺し、今日も箸を取り、お館様に笑って見せ、皆の者にも笑いかける。


まるで


政宗殿が生きておられたときの様に。






昼の間押し殺す感情のつけが回ってきたのか
俺は更に眠る事が出来なくなり、毎晩のように長い長い夜を過ごす様になっていった。


結局、奥州伊達軍は武田軍の傘下に入り、同盟が打ち切られる事は無かった。
話によると政宗殿が生前、自分が死んだ時にはお館様に取入り、伊達軍が他の諸国に・・・特に織田に喰われない様、泰平の世を手に入れるまで共に戦うようにと側近達に零していたと言う。

お優しいお館様のお心を信用しての事だと、皆は語った。



悔しい。
政宗殿は御自分が亡くなられた時の事を考えていた。

俺は



・・・俺は、何の準備もしていなかったのに。





こんな事になるなら、最後に会った時
もっと何かしてあげれば良かった。




もっともっともっともっと




愛していると。





あの人の最期に、隣に居られたなら
自分は何をしただろう。何を言ったろうか。






政宗殿は


何と言っただろうか。





・・・眠れぬ日々は続いていた。


唯、何故か涙する事は出来なかった。眠れぬ夜に、あなたの顔を想い浮かべても。

愛する人を亡くしたというのに・・・
不思議だった。


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