夢想

□明日が記念日になる
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[明日が記念日になる]




放課後の教室に人はなく
窓から見える運動場では、運動部と思われる生徒達が練習を始めていた。

今日はバイトがある日だ。
しかしバイトまではまだ少し時間がある。それが家に一度帰るには足りない、微妙な時間だった為に俺はこうして放課後の教室で一人暇を潰していた。
といっても、窓側の自分の席から窓の外を眺めるだけだが。
自分が今高校三年という事を考えれば勉強をした方が良いのだが、何となくそんな気にはなれなかった。

オレンジの光が教室を満たしていく。

「政宗?まだ残っていたのか。」
「…元就。」

聴きなれた声に振り返ると、案の定頭に思い浮かべた人物がドアを開けて入ってきた。
数学担当の教師であり、俺の担任である毛利元就。
「自分に厳しく・他人に厳しく」を体現し、学内でも厳しい事で有名な彼は、実は俺の恋人であったりする。

「Ah…バイトまで微妙に時間があるから、暇潰してたんだ。」
「そうか。…しかしそなたも今年は受験生なのだ、空いた時間は勉強をしろ。」
「Ha、言うと思った!」

バイトは許可を取っているし、二人の時はタメ口も許されている。
が、容赦なく痛いところをつかれ、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
当たり前だ、と若干眉を顰めながら元就が俺の前の席の椅子を引き座る。

普通の生徒ならここで機嫌を損ねたと震え上がるところだが、大して怒っている訳ではない事が解っている俺は笑いながらヒラヒラと手を振りそれを流した。

「そういえば、勉強で思い出したが…確か、進路調査表とかあったな。俺まだ提出してねぇんだ。期限いつだ?」
「…明日だ。」
「really?!マジかよ…。」

まさかそんなに締め切りが迫っていたとは。
バイトが終わってから書き上げるか…だが進路の事はまだぼんやりとしか考えていないから、サラサラとは書けない。間に合うか。
担任が目の前にいるのだから、まさか締め切りを破る訳にはいかないだろう。
逆に期限を延ばしてもらおうか。まだ一学期だから、一日くらい延ばしてもらえるかも知れない。

そう思い、チラリと元就の顔を窺うと、ばっちり目が合ってしまった。非常に言いづらい。

「そんなに悩まずとも良いわ。どうせその様子ではまだ、進路先を決め兼ねておるのだろう?」
図星をつかれ、思わずぐっと黙ると何故か元就は口の端を上げ笑った。

オレンジに染められたその笑顔が、どこか意地悪そうに俺には見えた。

「案ずるな。我の計算は完璧だ。」
「どういうことだ…?」
「そんなことだろうと思い、我がそなたの進路先を考えておいた。今学期の進路調査表はそれで提出しておけば良い。」

何と言うことだ。
持つべきものは良い担任、良い恋人である。

「さっすが元就!thank you!」
「ああ……む…そうだ、忘れていた事がある。」
「?」
「書類には印鑑が必要だ。」
流石にそれは用意できないのでな、と言いながらスーツの裏ポケットを探っている。

ああ確かに進路書類には印鑑が必要だったかと思い、書類を受け取る。


しかし

「も、となり…これは……?」

でかい。
明らかに、でかい。

進路調査表は進路希望先を書き込むだけで、紙はもっと小さい筈だ。


「婚姻届だ。見れば分ろう。」
「…え…」
「印鑑を押してくるが良い。」
「…っハァ!?」

冗談、とよく見ると確かに婚姻届と書いてある。

「おいっ元就!?」
「心配するなと言ったろう。…勿論、本物の進路調査表もある。ちなみに今回は進路先を書き込むのみで印鑑は要らん。」
「Ha…なんだ、なら」
「だが政宗。」



「我は本気だ。」



真っ直ぐな視線に射られる。
その瞳が真剣さを物語っていたが、俺は耐え切れずに噴き出してしまった。しまった、笑いが止まらない。

「…笑うところではないぞ。」
元就がその様子を見て不機嫌そうに呟く。

「いや、悪ぃ…ただアンタがこんな事をするなんてな。」

まさか裏ポケットから婚姻届が出てくるなんて思わなかった。
一体彼はどんな顔をしてこれを取りに行ったのか。そしてどんな想いで持ち歩いていたのか。
考えただけで笑いが出る。

俺は男で、元就も男。婚姻届は何の意味も持たない。
それを告げると、それでも本気だと言う。いつの間にか元就の顔にも小さな笑みがあった。


「大切なのは気持ち、だ。」
「…それ、他の生徒の前で言ってやれよ。皆毛利先生が壊れたってぶっ倒れるぜ?」

「ふん…それだけ、特別という事だろう?」
お前が、というのは言わなくても聞こえた。



そろそろバイトに行かなくてはならない時間だった。俺は鞄を持って席を立ち、ドアへと向かう。


「…提出期限、」

そしてドアの前で足を止め、顔だけ振り返る。肩越しに元就が見えるが、逆光で表情は分らない。


「明日だったな、…元就せんせ?」

しっかりと持ったそれを軽くヒラヒラさせながらニヤリ、と笑って見せる。

影の中で、確かに彼が笑みを深くしたのを確認して


俺は、教室を後にした。



(明日はきっと、)
(二人の記念日になる。)

END


********

さらりと歯の浮く台詞を真顔で吐く元就の隣で、政宗が苦笑しながら照れてれば良い。

他生徒の前では超厳しくて冷静冷徹鬼教師。自分の前では冷静に甘い。
そのギャップと優越感に、政宗が幸せを感じていれば良い。


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