欠月

□卒業。
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いつか来ると思っていた
その日は、
予想してたよりとても早く来てしまった。

この思いを伝える事も、
この背中を見る事も、
この手を伸ばす事さえも―――…。


もう、叶わない。



     卒業。



すこし寒い体育館に響く、きれいな歌声。
さっきから涙を流している教師や生徒たち。
目に映るものが、耳に入る言葉が、今日は「卒業式」なのだと自分に思い知らせる。


今日で、おしまいだ。
あなたのそばにいる事も。あなたと一緒に野球をする事も。
部活中に携帯をイジって、あなたに怒られる事も。
あなたのその優しく響く声で『録』って呼んでもらえるのも。

―――全部、全部。

今日で、終わっちゃうんだ。
悲しい、のに…。涙さえ出ない。


「なーに、ボーッと
 しちゃってるんスか〜? 録せんぱい。」


不意に呼ばれて振りかえると、そこにはフーセンを
ふくらましながら意地悪
そうに笑うミヤの姿があった。


「…べつに、ボーッと
 なんてしてなさ気。」


言い終えてから、視線を
元にもどす。
その先には、卒業証書を
持ったあの人がいた。
後輩やチームメイトに
かこまれ、やさしく笑う。俺はその光景をただ、黙って見つめる。


「…‥行かないんスか。
 いつもなら、真っ先に
 屑桐さんのトコ行くのに 。珍しいっスね?」

「…うるさ気。もう少し
 したら、行く気だよ。」

「ん〜‥まぁ、アンタを
 好きなオレとしては、
 ラッキーですけどね?
 …アンタが屑桐さんの
 トコに行かないの。」


いつの間にか、となりに
来たミヤが笑いながら言う。
…ホントに嫌味な奴。


「…それなら、もう俺に
 かまうのはやめる気。
 心配しなくても、告白
 なんかしない気だよ。」


俺がそう言うと、ミヤは
黙ってなにも言わなくなった。
俺が屑桐さんに告白なんかしないって事は、たぶん
ミヤだって分かってる。

だって届くはずがない。

おそらく屑桐さんの心は、隙がないくらい「あの人」
に占領されている。


みんなが3年の先輩達の
元に集まる。
事実上の「最後のお別れ」ってやつだ。
俺も行かなきゃ。
そう思って走りだそうとした時、とつぜんミヤが俺の腕をつかんだ。
 
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