長き夢の結晶
□キョゲンエンプティ
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「…どうも。」
一応、礼儀というもので挨拶の言葉を口にした。
例え相手が礼儀知らずであろうとも、例えこんな早朝であるにも関わらず音楽を兵器の様に鳴らしている人物が相手であろうとも。
これでもぼくは大人になったのだ。今までのぼくならば、きっと家に近づこうとは思わなかっただろう。
「お、戯言ボウイじゃねぇか。どしたどした?」
「どしたどしたって…それ、本気で言ってるんですか?」
会話相手の黒峰永久は、ちゃぶ台にコーヒー・麦茶・井戸水(というか、水)を並べ、代わる代わる口に運んでいる。
気分らしい。
「本気の本気、三つ重ねて超本気だぁよ」
「そうですか…」
何かもう、仕事諦めたくなったなぁ…。
いや、しかし待てよ。仕事を五つ達成すれば鈴無音々さんとじゃんけんでき、勝ったらフィアット500をくれるとみい子さんが言っていたじゃないか。
…よし、頑張ろう。崩子ちゃんも待ってる。
「この様子だと、書類も捨ててそうですね」
ぼくは辺りを見渡す。ぼくの言う書類らしき紙は見当たらない。
というか、殺風景だ。
悪いけども、ぼくの部屋の方が生活感がある。最近はテレビもあるし、本棚だってある。
「…げ。書類って事はまさか…」
「そうですよ。『七愚人』の件です」
「うぁー…。今回ここに来たのって、依頼で?」
「そうですよ」
項垂れて、駄々を捏ねるようにジタバタと動いた。
何だこの人は。玖渚や崩子ちゃんほどじゃないけど、可愛いぞ。
「ダメならダメで、はっきりと報告の書類を出してください。曖昧なままで放置してるから依頼まで出されてるんですよ」
「やだやだ〜ッ!!じゃあ書類書くのとかやってくれよ!戯言ボウイ!!」
「アレは本人が書かないと認められません!それと、人をデヴィッド・ボウイの様に呼ばないで下さい!」
永久は後ろに転げて、本格的に手足を動かし始めた。…この行動の方がよっぽど面倒そうだ。
しかしその行動をふと止め、腹筋のみで起きあがり、こう言った。
「そういえば、零崎くんが来てるぜぃ。女と二人で」
驚き、動揺してしまった。
それは女と二人で、の方ではない。決して追いつかれただとかそういう、疚しい事は思っていない。
零崎人識が、ここに?何でまた狂言師の所に?
…まぁ、ただ零崎には零崎の理由があってここにいるだけなんだろう。
「会ってくかい?」
「…いや、いいです。会ったら借りてたスーパーヨーヨー返さなきゃいけないんで」
「ほぉう。…そりゃまた怪奇な関係だな」
…冗談を冗談と取っているのかどうか、怪しいところだ。永久は中々に純粋な面もあって、判断が難しい所だ。
「で、はぐらかさないで下さい。書類はありますか?」
「ひぎぃッ!!いーたんの鬼ッ!鬼畜ッ!人でなしろくでなし根無し草弟切草童貞ッ!」
「いいから書類!!」
こーなりゃ強行突破だ!あと後半違う!!
「無いッ!!無くした若しくは燃やした!!」
「じゃあ書類はこれです!!」
そういってぼくは自前の中でもとびきり大きな鞄から紙の束を取り出した。何度見ても圧巻されるその量は、頁数にして六百枚強。
これが小説だというならまだしも、『七愚人』についての説明や規約なのだから、恐ろしい。
「うっぎゃぁぁぁああ!!!これが、これが玄関先においてあった瞬間が!瞬間が脳裏に!!瞬時にィィィィィィ!!!!」
先程よりも激しくのたうち回り、直に床が抜けるんじゃなかろうかと不安感を煽られた。
煽ったつもりは無いんだろうけども。
と、観察していると不意に立ち上がり、指を差した。
「そうだ!そうなのだよモンキートーク男!!」
「戯言ボウイと呼んで下さい。そんな呼び方、死んでも認めません」
安直な変化球過ぎるだろ。
それにしても永久は、何を思いだしたんだ?
「俺はやる事があるのだよ!いの字・デヴィッド・ボウイ!!」
ミドルネームがデヴィッド?!
しかもいの字が苗字?!
「俺は井真名 浪こと、零崎久識と手合わせをするんだったよっ!!」
永久は唐突に、脱兎の如く跳んだ。
大事なセキリュティも天井も気にせず、高く高く跳躍した。
…もう無茶苦茶だ。戯言どころじゃない。
まるで狂っている。