繁殖の巫女(R18)
□交接の儀
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驚愕のあまり茜が動けずにいると、いきなり彼女を取り囲んでいた人々が歓声をあげた。口々に何か言っているが、言葉がわからない。服装もずるずるしたローブや、いかにも着心地の悪そうな革製品を身に着けている。何よりそれらを着ている人々が日本人の容姿ではなかった。
肌の色は濃淡あるが、皆、一様にピンク色だ。例えるなら桜の花びらのような。対して髪の色は様々で、赤や黄色、中には紫の人もいた。
壁際にひとり黒髪を見つけたが、等間隔で置かれた照明に反射して藍色と判明した。
たらいのすぐそばにいたいかにも上等な服装の中年男が、茜に話しかけてきた。
紫の髪が珍しくて、つい視線は顔より髪にいってしまう。いかにもご機嫌な様子で話しかけてくるが、何を言っているのかまったくわからない。わからないが、歓迎されているようなのでヘラりと笑った。混乱した頭は未だついてこず、たらいの中で腰が抜けたままだった。
すると、その隣りにいたハゲ親父が紫頭に何か言い、背後の誰かに話しかけた。後ろから出てきた茶髪のロン毛美女が、祭壇にあった盃を持ってきて、彼女に差し出した。
どうやら飲めということらしい。周りの人は喜び浮かれ、お祭りムードだ。
祝い酒だろうか?未成年なんだけどな、と思いながら、周りの雰囲気に流され、盃を傾けた。
それはふんわり花の匂いのする、とろりとした飲み物だった。味はなく、それが胃に落ちたとたんクラリとめまいがした。
だがそれは一瞬のことで、視界はよりクリアになり、ただの雑音が拾うそばから会話になった。まるで魔法だ。
「言っていることがわかりますか?」
美女が下がり、血色のいいハゲ頭が目尻を下げて訊いてきた。
茜は目を見開いてうなずいた。
「ようこそいらっしゃいました。繫殖の巫女さま。私は子孫繁栄を司るメギ神に仕える神官長、ムスカリです。どうぞお見知りおきを」
ムスカリが深々とハゲ頭を下げ、他の人々もひれ伏した。
繫殖の巫女?どうやら私は、誰かと勘違いされているらしい。
「あのー」
「私は――」否定する間もなく、隣の紫頭が自己紹介を始めた。「このトレニア王国の王、ハラン・シャスター・トレニアだ。私たちはあなたがいらっしゃるのを心待ちにしていた。国をあげてあなたを歓迎する」国王さまらしく、国を代表した挨拶だ。
威厳のある顔はりりしい。若いころはさぞやもてたことだろう。
「私はミクリ」続いて限りなく白髪に近い水色頭がしゃべり始めた。「魔力の神殿の神官長をやっています。わからないことは何でも訊いてください」
結構な年寄りだが、目鼻立ちの整った聡明な顔をしていた。
「俺はバンダ。武力の神殿を守っている。巫女の護衛は俺たちに任せてくれ」ごつい大男が自信満々に言った。
ツンツン立った短い髪は赤毛だ。護衛を任されているだけあって、動きやすそうな革の鎧を身に着けていた。
「私はハルニレと言います。財力の神殿の神官長をやっています。欲しいものは何でも言ってくださいね。どんなものでも取り寄せますから」黄色いくせ毛の中年男が金の匂いをプンプンさせて言ってのけた。
でっぷりと肥え太り、ペカペカ光る髪がカタバミの花のようだ。
「病払いの神殿に仕えております、カルカヤと申します。巫女さまの健康は、私が担当させていただきます」緑髪の内気そうな青年が、伏し目がちにつぶやいた。
ひょろひょろと痩せた長身で、細く長い指がソワソワとおでこの汗を拭いた。
「トレニア国宰相のガイ・トベラです。あなたは私たちの希望です」
黒髪と間違えた藍色髪は、渋いおじさまだった。くせのない長い髪はえりあしで結んである。流行っているのか、ほとんどの人がそのヘアースタイルだった。
「さあ、いつまでもそこにいては身体が冷えます。どうぞお手を」
ムスカリが指の短い手を、茜に差し出した。どうやらエスコートしてくれるらしい。
だけど、会ったばかりのハゲ親父と手をつなぎたくなかった。どう見てもスケベそうだし、手が汗ばんでいそうだ。どうせつながなきゃいけないなら、こっちの渋いおじさまがいい。清潔感あるし、なかなかのイケメンだ。
さらに本音を言わせてもらえれば、ここから動きたくなかった。
これまでの話を総合すると、自分は異世界にいるっぽい。ここで目覚めてこの事態なのだから、入り口はここだ。上から落ちてきたか、水から湧いて出たか?このまま元の世界においとましたかった。
茜は暗い天井を見あげ、そして自分が浸かる石のたらいを見た。最後にムスカリを見て、ようやく口を開いた。
「うちに帰りたいんですが」
ムスカリが目をぱちくりさせたい。脂ぎった赤ら顔がマヌケに見える。
「いやいや。今更帰るなど、無理ですよ」
愛想笑いを浮かべ、さあ、と手を差し出した。
「俺が運んでやる」
ハゲにたじろいだ茜を、反対側からバンダがすくいあげた。
裸足のつま先からしずくが落ちる。
また茶髪の美女が祭壇から白い布を持ってきて、彼女を包んだ。
たくましい腕はちょっとやそっとじゃ抜け出せそうにない。
「暴れるな。落ちるぞ」キリリとした眉を寄せて、赤毛の戦士が脅しつけた。
茜はそのまま巨体に運ばれて、鍾乳洞を出た。
外は夜だった。空にはピンク色の月っぽい星がかかり、他にもふたまわりほど小さい青白い星が5つ浮かんでいる。おかげで夜道は明るい。
20メートルほど先に石造りの立派な神殿があり、一行はそこへ向かっていた。先を王さまとムスカリが石畳の坂道を下っていき、その後ろをバンダが軽々と茜を運んでいく。首を伸ばして後ろを見ると、色とりどりの人たちがついてきていた。
行列は神殿に入り、二手に分かれた。ほとんどの人が真っすぐ奥へ向かったが、バンダと女性陣は右手に曲がった。
茶髪の女性が扉を開けると、そこはまるで小ぶりのプールだった。湯気があがっているところを見ると、温泉かもしれない。
バンダはそこで彼女を下し、あとでな、と言って出ていった。たぶん王さまたちに合流するのだろう。
一方、茜は女性たちに取り囲まれた。
「巫女さま、失礼します」そう言って四方八方から手が伸びてくる。ひとりはパジャマのボタンを上から外し、もうひとりは下から外す。後ろからパジャマのウエストゴムに手がかかり、濡れたズボンを問答無用で下げられた。
「いや、ちょっと待って。ダメだって。ちょっとぉ、恥ずかしいから!」いくら言っても聞いてくれない。
それどころか髪の色が神秘的だの、象牙色の肌が美しいだの、乳房の形がきれいだの、歯の浮くようなことを言ってくる。結局は裸にむかれ、しこたまみがかれた。素肌にズルズルしたローブのようなものを着せられ、ようやく温水プールから出られた。透けてもいないしすっぽり身体を覆っているが、下は裸。スース―する。
向かった先は予想した通り、王さまたちのところだった。大きな両扉の向こうは高い天井の広い部屋だった。たぶんここは神殿の重要な部分なのだろう。天井の中央から光が降り注ぎ、その真下に大きな囲いがある。おそらくあの中にご神体が収められているに違いない。むやみに人の目に触れないように白いカーテンが張り巡らされ、その前で鍾乳洞と同じ匂いのする香が焚かれていた。
彼女をみがき立てた女性たちとは扉の前で別れ、部屋にいるのは自己紹介した8人と初顔の3人。それぞれ囲いの左右に分かれて、彼女に注目していた。
「繁殖の巫女さま。こちらへ」ムスカリが茜をハラン王の前に誘導した。
「儀式の前に私の息子たちを紹介しよう」
王が上機嫌で言っているが、冗談じゃない。
「あのー、王さま。私、美濃部茜、つって、繫殖の巫女じゃないんで、帰してもらっていいですか?」
シンと部屋が静まり返った。王は困ったようにムスカリを見た。
「いやいやいや」静寂を破ってムスカリが割り込んできた。「確かにあなたさまは繫殖の巫女です。我が子孫繁栄の神、メギ神があなたさまを見つけて、連れてきてくださった。さあさあ陛下、王子の紹介を」彼女の言い分を丸っと否定して、持論を展開した。
「シオン、こちらへ」王は咳払いして、ムスカリに話を合わせた。
「いや、ちょっと待ってよ。私、違うし。ただの高校生だし。いや、参ったなぁ……」
うろたえる彼女の前に紫髪の長身が立った。
茜はあんぐりと口を開けて、彼を見た。
きめ細かな薄ピンクの肌に、通った鼻筋と紅い唇。長い紫色のまつ毛の下から、潤んだ紺色の瞳が彼女を見つめている。日本ではお目にかかったこともないような美男で、白いローブ姿が本物の天使みたいだった。
もう目が合っただけで、魂を奪われそうなレベルだ。
「長男のシオンだ。よろしく頼む。シオン、こちらが繁殖の巫女さまだ」
「シオン・シャスター・トレニアです。巫女さまにお会いできた奇跡を神に感謝します」
シオン王子が茜の手を持ちあげ、流れるような動きで手の甲にキスした。
茜の顔が、いや頭全体が火を噴いた。衝撃で心臓がむちゃくちゃ打っている。
「い、い、いいえ。こち、こちらこそうれしいです」なんともおそまつな挨拶を返す羽目になってしまった。
「そして――おい、こっちへ来い。次男のギランだ」
父親に𠮟りつけられた第2王子はしぶしぶこちらにやってきた。体格のいい青頭が、高い位置から茜をうさん臭そうに見下ろしている。
「チビだなぁ。そんなんでやっていけんのか?」
「巫女さまに失礼だろ!」
「ああ。ギランだ。よろしく。もう、行っていいか?」短く刈った青髪を上下させ、いやいや挨拶した。いかにもめんどくさそうだ。
お父さんに似たイケメンなのに、礼儀も知らない残念な息子だった。
「どうも」それならこっちも、と不愛想にうなずいた。
第2王子がギロリとにらみ返してきた。どうやら自分が適当にあしらわれるのは気に入らないらしい。さすが甘やかされた王子さまだ。
茜はツンとそっぽを向き、第3王子と思われる少年に目をやった。
無視されたギランは舌打ちを残し、大股に部屋を出ていった。
「ギランが失礼した。これが三男のシランだ」
「シ、シランです。よ、よろしく、お」唾を呑んだ。「お願いします」美少女のようなシラン王子は、ピンクの肌をさらに赤く染めて挨拶した。肩まで伸びた髪も赤いので、全身真っ赤だ。握手の手を出すに出せず、モジモジしている。
無理もない。まだ彼は中学生になるかならないかという少年だ。大人に囲まれて、しかも初対面の女相手に緊張しっぱなしだろう。
なので、ここはお姉さんとして自分から手を差し出した。
「こちらこそよろしく」
かわいい第3王子は、はにかみながらもしっかりと彼女の手を取り、長兄の真似をして手の甲にキスをした。
か、かわいい!きっと将来は、第1王子みたいな魅力的な大人になるのだろう。お姉さんとしては、あのムカつく青頭みたいには絶対なってほしくないと思った。
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お疲れ様でした。あまりに長かったので、分けました。長ーい人物紹介ページみたいになってしまって、すみません。