繁殖の巫女(R18)

□繫殖札と能力固めの儀
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 茜はいい加減まぶしい灯りが気に障って眠るのを諦めた。こっちは妊婦でいろいろ大変なんだから、ゆっくり寝かせろ、って話だ。ブチブチ言いながら薄目を開けると、誰かが覗いている。真っ先に頭に浮かんだのは脂ぎったハゲだった。
 とたんにむかつきやら嫌悪感やら湧いてきて、瞬時に拳を突き出した。大した力は入らなかったが、確実に手応えはあった。

 「巫女さま!」
 ムスカリを殴ったはずなのに、なぜかカルカヤの声が返ってきた。

 目の焦点が合うと、泣きそうなカルカヤがいた。涙までは出ていないが、泣く寸前のあの顔をしている。
 やみくもに繰り出したパンチはどうやら彼に命中したらしい。泣きたくなるほど痛かっただろうか?

 「カルカヤ、ごめん!」

 「素晴らしい打撃でございましたよ」
 今度は笑った。笑い方を知っているのか疑問だったカルカヤが笑った。泣き笑いのおかしな顔だ。
 それなのにいい顔だと思った。

 「ごめーん。どこに当たった?ちょっと見せて」むっくり起きあがった。

 「どこかつらいところはありませんか?動きづらいとか?」殴られたのは自分なのに、こっちの心配をしている。
 いくら病払い師だからって過保護すぎだろ。

 「それを訊かなきゃならないのは、私だってえの。ほら、見せて」
 膝立ちになり、素晴らしいとお墨つきをもらったパンチの威力を見ようと、彼の顔をジッと覗き込む。邪魔な前髪をよけて、普段見ることのない額まであらわにした。

 半泣きの顔をしていても、カルカヤはなかなかのイケメンさんだった。前髪で顔を隠しているのがもったいないくらいだ。
 目を合わせるとなんだかこっぱずかしいので、肌の色に集中した。薄いピンクの肌をたどっていくと、顎のあたりが赤くなっている。

 「赤くなってるよ。痛い?」顎を撫でながら問えば、間近でがっつり目があった。
 一気に恥ずかしさが頂点に達した。そこで馴れ馴れしく男の顔に触っていたことに気づき、慌てて手を引っ込める。
 「な、なんか、いろいろごめん」

 「いえ。巫女さまに心配していただけてうれしいですよ。今度は私が診察させていただく番ですね」今やカルカヤは完全な笑顔になっていた。
 根暗だと思っていた男の笑顔はまぶしいくらいだ。

 茜が許可を出すと、カルカヤは手足に触れての感覚の有無や、動作のチェックをしていた。おまけに名前を言ってみろだの、簡単な計算問題を出されたりだの、認知症を疑われているのかと思った。
 憶えている最後の記憶を問われ、寝ていたところをエロハゲに起こされたことを思い出した。どおりでさっきカルカヤとムスカリを間違えたわけだ。
 今更だがそう言い訳すると、病払い師の口がへの字に曲がった。そりゃあそうだ。あんなエロハゲと間違えられたら誰だって気分が悪い。

 「カルカヤとハゲはぜんぜん似てないから。カルカヤの方が見た目も人間的にもだんぜん上だからね」すかさずおだてる。

 「ありがとうございます」
 彼は言ったが、傷ついたプライドはそう簡単には戻らないらしい。カルカヤの眉は下がったままだ。そして意外なことを言い出した。
 「ムスカリは失脚いたしました。二度と巫女さまの前に現れることはないでしょう」

 「まじ?」

 カルカヤが黙ってうなずく。

 「ざまぁ!」茜は両手を拳に握って、歓喜に沸いた。ようやく目的達成だ。
 その割にはカルカヤが静かなのには気づかなかった。

 「で、なんで失脚したの?セクハラ?」

 「せく、はら?」カルカヤが意味が分からないと首を傾げた。

 「あ、チカンしたんでしょう?うーん、あいつだったら平気でレイプとかしそう」

 「無礼にも深夜、巫女さまの部屋に忍び込み、身勝手な理由で巫女さまに重力の魔法をかけたからです」

 「あー、それで途中で記憶が飛んでるのかー。え!!じゃ私、気ぃ失ってる間に、ハゲにやられたってこと?」2度目だろうが、記憶がなかろうが、嫌なものは嫌だ。

 「それはありません。彼が部屋に入った直後に護衛からの知らせが入り、私たちが駆けつけましたから」

 「よかった〜」ホッとして、その後の顛末はどうでもよくなった。
 茜にとって未遂だったことが重要で、しかも2度とムスカリを見なくて済むのだからほとんど解決したようなものだ。

 「後ほど新たな子孫繁栄の神官長を連れてまいります。まずは新しい神子を紹介いたしましょう。カンナ、入りなさい」
 カルカヤは扉を開き、隣の部屋からきれいな紺髪のこれまた美女を招き入れた。

 ムスカリが失脚した今、彼と夫婦になったロベリアもまた神殿から追放されたいうことだろう。彼女に落ち度はないのにかわいそうだと思うが、あの男を選んだのが間違いだったとしか言いようがない。ロベリアに会えなくなるのは寂しかったが、またムスカリのいる日常には戻りたくなかった。
 だから茜は、カンナをにこやかに迎え挨拶を交わした。誰もが置かれた場所で、最善を尽くすしかないのだ。

 カルカヤが神官長を呼びに行くと、初顔の美女と当り障りのない話をしながら身支度を整えた。
 カンナは新しい神官長と一緒に王都からやって来た神子だった。また神官長のお手つきかと思ったが、他にも数人、移動してくるらしい。長が変わるにあたり、重要と思われるポストも変更するのだそうだ。

 それにしても一晩でこの急展開は慌ただし過ぎだろ。もしかしてムスカリの下手な魔法で何日も気を失っていたとか?そう考えると、カルカヤがやたら心配していたのも理解できた。

 茜は夜着よりはしっかりしたローブに着替え、寝室を出た。前室で洗面を終えた頃、ドアが鳴った。やってきたのは神官長一同だった。

 「元気になったかー?」いの一番にバンダが前に進み出て、子どものように茜を腕に抱きあげた。

 「う、うん」茜は彼の二の腕に座り、落ちないように太い首に掴まった。

 「目が覚めてよかった。ちょうど黒髪に映える真珠の髪飾りを持ってきたところです」ハルニレが箱から髪飾りを取り出して見せた。

 ルピナスはドアの前からウルウルした目で彼女を見ていた。どうやらずいぶん心配されていたようだ。

 茜はもう大丈夫、と彼に手を振った。

 「こちらが新しい神官長のカナム殿です」カルカヤが紫紺髪のおじさまを紹介した。

 「こたび子孫繁栄本山の神官長を仰せつかりましたカナムでございます。伝説の巫女姫さまにおかれましてはトレニア国の運命を左右する重要なお役目、お疲れさまでございます。このカナム、微々たるものではございますが、巫女姫さまのお力になれますよう誠心誠意お仕えさせていただきます」どうぞよしなに、と手を取りうやうやしく口づけされた。長いまつ毛越しに紺色の目で彼女を見つめ、形のいい唇を手の甲に載せる仕種が見事に決まっている。
 おだやかな笑みを浮かべた礼儀正しい紳士なのに、視線というか雰囲気というか、大人の色気だだもれのおじさまだ。ムスカリの下品ないやらしさとはまったく違う神官長だった。

 「えっと……こちらこそよろしくお願いします」
 礼儀正しくされたら、礼儀正しく返すのが彼女の流儀。バンダに抱っこされているのがどうにも締まらないが、放してもらえないのだからそこは大目に見てほしい。

 カナムを頂点とした新体制のもと、ムスカリという子孫繁栄の神官長などいなかったかのように日々は過ぎていった。

 そして日は満ち、茜は臨月を迎えた。






 


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