繁殖の巫女(R18)

□9年後
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 茜が異世界に来てからの9年後です。
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 美濃部 茜(ミノベ アカネ)は26歳になった。そして4人の子を持つお母さんだ。18歳で最初の子、蓮を産み、2度目の交接の儀で――相手はギランとシラン――シランの子を授かった。産まれたのは双子の女の子で、桃と花と名づけた。当時は1度の出産でふたりも産んだと大騒ぎになったものだ。
 なぜ再び交接の儀を引き受けたのかというと、見学者なしの子種栓なしというのもあったが、情に流されたというのが1番大きい。人には言えないが、彼らとのセックスがよかったのもある。
 茜的には3人も産めばもう十分だと思ったが、ギランにどうしてもと拝み倒され、3度目の交接の儀に突入した。産まれたのは父親に似た3200グラム越えの男の子だった。名前は蘭。あのギランが涙を浮かべて喜んだ。
 どの子も限りなく黒目黒髪に近い色合いをしていた。4人の子どもたちは園で預かっている6人の子どもたちとともにすくすく育っている。

 保育園運営は責任も重く大変だが、助けてくれる人たちがいるので、うまく機能していた。子どもたちが成長するにつれ、小学校の役目も持たせていこうかと考えているところだ。
 おもちゃ事業も新商品を出したりと、順調だった。

 3人の父親たちは王都からしょっちゅう馬を飛ばして会いに来る。それぞれの子どもをかわいがりつつ、彼女へもいい夫ぶりをアピールしているようだ。
 だがシオン皇子は王太子であることもあり、一昨年、有力貴族の娘とめでたく結婚した。後宮も容認できるありがたい嫁だそうだ。夫を他の女性と分かち合えるとは、茜には理解しがたい心理だった。

 気ままなギラン王子は本気とも冗談とも取れるプロポーズを思い出したようにしかけてくる。
 なので茜も軽く流すことにしていた。

 1番熱心なのはシラン王子で、神殿を訪れる頻度も高い。この9年で彼はすっかり大人になり、体格精神面ともに大きく成長した。大人になったシランは誰もが目を奪われる美丈夫だった。
 気心も知れ、しかも肉体関係にあった麗しい男に言い寄られて、悪い気はしない。
 しかし残念なことに彼の相手は茜だけではなかった。だいたい21歳男子が、3年毎の数回のセックスで満足できるはずがないのだ。しかも最後にシランとしてから6年近く経っている。
 兄のギランに負けずに劣らずの高級娼館通いは――なにしろ目立つので――有名だった。

 大変身という意味ではハルニレも負けてはいなかった。なんと彼は予想を裏切りダイエットに成功した。2年もの月日をかけて脂肪の着ぐるみを脱ぎ捨てて現れた男は優男風イケオジだった。
 華麗なる変身でモテモテになったイケオジは、茜への報われない恋に早々に終止符を打ち結婚した。今では2歳の娘がおり、デロデロに甘い父親になっている。毎朝、娘を連れて出勤し、保育園に預けていく。仕事の合間に度々、園に顔を出しては娘を構うので、本人にはうざがられていた。

 バンダは相変わらず暑苦しい男だった。職務の性質上、一緒にいる時間が1番長く、異常なくらい身辺を警戒している。毎朝、彼女の予定を聞き、警護計画を練るのが日課だ。移動時は自分が抱いているのが1番安全だと考えているようで、未だに抱きあげようとする。
 子どもを差し置いて抱っこされるなど、示しがつかないのでいい加減やめてほしかった。

 ルピナスは超真面目で優秀な魔法使いだった。その力は前任のミクリを超えるほどで、子どもの頃から神童扱いだったとか。冗談が通じないところがあり、強大な魔力保持者でもあることから、取り扱い注意の男だと思う。やさしい人なのだが、茜はなんとなく彼が怖かった。

 カナム神官長は頼りになるお父さん的存在だった。困ったことがあれば、まず彼に相談する。茜の事業がここまでこぎつけたのは、カナムが問題解決に適任だと思う人物を紹介してくれたからだ。

 そしてカルカヤはやっぱりカルカヤだった。出会った最初からまったく態度が変わらない。茜と子どもたちの健康に気をくばり、見守っている。そして夫に選んでもらうのをただひたすら待っていた。
 茜としては今の距離が1番居心地がいいので、変えたくないのが本音だった。

 そんなわけで彼女の夫は未だに決まっていない。それでも3人の王子の子どもを産んだのだから、蘭の乳断ちの儀をもって晴れて繁殖の巫女は引退となる。昨年、カナム神官長と話し、そういうことになった。今後、どこに住むかなど決めていくつもりだ。
 蘭の2歳の誕生日はもうすぐだった。



 「今日は社会見学に行きまーす!」茜は園の子どもたちに向けて発表した。

 「しゃかいけんがくってなーにー?」8歳になる蓮が代表して質問した。

 「大人の人たちがどんな仕事をしてるか見に行こう、ってやつ。今日は市場に行くよ」

 今日の計画は神官たちも交えて前々から練っていた園外学習だ。バンダは反対したが、子どもたちに市場の活気を見て聞いて肌で感じてほしくて説得した。きっと子どもたちのいい思い出になるだろう。特に茜の子どもは外に出る機会がないので、大喜びだった。

 5歳以上の4人の子どもたちを連れて、神殿を出発した。それ以外の子どもたちは園外に連れ出すには手がかかるのでお留守番だ。子どもは狙われやすいので、周りを武力の神殿の聖騎士が10人、ぐるりと囲っている。他にはお付きのカンナ。
 茜は繁殖の巫女だとばれないように、ルピナスの魔法で体毛をカンナと同じ藍色に変えていた。さすが神童と言われていただけあって、まつ毛はもちろん下の毛までばっちりだ。肌の色は人によっては赤味の薄い人もいるので、そのままだった。

 護衛に守られて市場までの道をのんびり歩いてくだった。山裾には小規模な街があり、王都とは広い街道でつながっている。乗合馬車は麓の街までしかなく、そこから上は騎馬か歩きしかなかった。彼女たちの目指す市場はその街の中心にあった。

 道中、茜たちの一行は大いに目立った。なにしろここは子孫繁栄神殿への1本道で、道行く人のほとんどが子どもを熱望する人たちだ。子どもはひとりいても目立つのに、それが4人も――しかも園おそろいの黄色いスモックを着ていて目立たないわけがない。黄色いスモックは姉の子たちが着ていたのがかわいくて、園児服として作らせたものだ。

 そんなわけで茜に注目する人はひとりもいなかった。これまでも何度かお忍びで――もちろんバンダの護衛つきで――麓の街までいったことがあるが、黒髪でなければ誰も繁殖の巫女とは気づかなかった。
 今の彼女はただの子どもたちの保育係。あとは屈強な男たちの輪から子どもたちが飛び出さないように目を光らせればよかった。

 市場が立つ広場に入ると、一気に熱気に包まれた。あちこちのテントから威勢のいい声が聞こえてくる。食品に雑貨、なんでもある。昆虫を売るテントまであり、子どもたちは大はしゃぎだった。
 あまりに人が多く、一行は前後を護衛に挟まれ2列になって進んだ。子どもひとりひとりに護衛がつき、茜は子どもたちの後ろをついて歩く。隣に並ぶのはもちろんバンダだ。

 「安いよ、おいしいよ!お嬢さん、おひとつどうだい?」声も身体も大きいおじさんが、ピンク色のオレンジみたいな果実を差し出した。

 「間に合っている」
 茜は反射的に受け取ろうとしたが、バンダが断った。

 中途半端に差し出された果実が、彼女の手に収まらず転がり落ちた。

 「おい!列を離れるんじゃない!」子どもたちを守る護衛のひとりが叫んだ。

 とっさに声の方を見ると、ひとりの男の子がテントの合間に飛び込んだところだった。
 「バンダ、お願い」

 「チッ」隣からバンダの舌打ちが聞こえ、彼が動いた。

 「トルテ!戻りなさい!」いつもなら子どもたちを震えあがらせる厳しい声も、市場の喧騒に紛れ聞こえないようだ。

 すばしっこい少年はテントの後ろを巡り、元来た方向へと駆けていく。そのあとをふたりの護衛が追い、もうふたりがこっち側の通路を並行して走った。
 この世界にも悪い奴らはいて、子どもをさらい高値で売り買いする。そのための闇市まであるそうだ。
 護衛の半分がトルテを追い、もう半分が残った子どもたちを守った。

 6歳になるトルテは普段から落ち着きのない――よく言えば活発な少年で、さっき通り過ぎた昆虫のテントでは異常なくらい興奮していた。おそらく彼の目指す先はそのテントだろう。
 茜はトルテのあとは追わず、真っ直ぐ昆虫のテントに向かった。

 目的のテントが見えてきた。店目前でトルテがバンダに追いつかれ、首根っこを掴まれた。

 やれやれだ。帰ったら、こってりと説教しなければならない。
 茜がホッとして歩みを緩めたとたん、背後から口をふさがれ、テントの合間に引きずり込まれた。折しも一連の騒ぎで人垣ができており、たちまち護衛の姿は見えなくなった。

 その何者かは――おそらく男は、茜を抱え後方へと引きずっていく。

 まずい!このままでは誘拐される。
 茜はこれ以上バンダたちから引き離されまいと抵抗した。ウエストに回された腕に爪を立て、口をふさぐ手を噛んだ。

 口をおおっていた手が外れた。

 「バンダ――!」
 思いっきり叫んだが、市場は騒がしく、近くにいた人たちが振り返っただけだった。

 それどころか頭に青い布を巻いたいかにも怪しい男たちが四方から集まってきた。服装こそ茜と同じ庶民の服だが、トレニア人にしては肌の色が白く、どうやら外国人のようだ。
 彼女を掴む男はなおも後方へと引きずっていく。

 茜はごつい腕をたどり太い親指を掴むと、力いっぱい逆側に曲げた。
 これにはさすがの男も我慢できなかったらしく手が緩んだ。
 茜は尻もちをつきかけた身体をひねり、つんのめりながらも人混みに飛び込んだ。ターバンの男たちは前方から集まってきていたので、後方――つまり襲撃者たちが連れて行こうとしていた方向だが――へ走った。動きやすい庶民の服を着ていたので、ちょこまかと移動し人影に隠れ人の間をすり抜けた。こういうとき小柄だと便利だ。
 そうやって市場の外まで逃げのびた。なんとか敵の目から逃れたが、まだ油断はできない。人混みがなくなった分、見つかりやすく、奴らが外に出てきたら一巻の終わりだ。できればバンダたちと合流したいが、中に戻れば逃げてきた意味がなくなり、声をあげれば追ってきてる分ターバン野郎に聞かれる確率が高い。

 茜はひとまず市場から離れようと、1本裏の道に入った。そこは建物がひしめき閑散としていた。あまり遠くまで行くのも不安で、ぽっかり半開きになっていた扉の内側に身を潜めた。
 扉の内側は中庭になっていて、荷馬車が停まっていた。奥にはなんの変哲もない建物が建っている。そちらのドアは閉まっており、物音ひとつしなかった。
 




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長くなったので、次のページに続きます。

 
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