血の記憶(R18)
□再会
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晃聖はベンチにどっかりと腰をおろし、脚を投げ出した。首からカメラを下げ、傍らにはカメラケースが寄り添っている。
今日は久しぶりに連休をとり、街の風景をカメラに収めようとずいぶん歩き回った。ひと息つこうと公園を見つけたところだった。明日は郊外へ行ってみようと思っている。
昨年の冬、金森と共同でやった写真展が成功し、この秋、大学時代のサークル仲間も交えてもう一度やろうと準備中だ。
カメラの腕を買われ、最近では<youサービスプロモーション>が出している小冊子の写真も引き受けている。ときには、個人的に外からの仕事を引き受けることもあった。
小さな仕事ではあるが、ホストをやっていたころの豪奢で退廃的な生活よりも遙かに充実していた。蒼依がいないことを除けば……。
この一年、正確には一年と十三日。結城夫妻に蒼依への思いと真剣さをわかってもらおうとがむしゃらにやってきたが、未だに信用してもらってない。
いや。信用はしているが、立場上話せないといったところか。顔を合わせる度、蒼依の安否を尋ねる彼に、ついに綾は『蒼依が晃聖に会うのを怖がっている』と告白した。
夫の和也は、妻の考えを尊重しているらしく、、一切口を割らない。巧妙に蒼依の居所を聞き出そうとして、本人がそう言った。
こうなったら探偵でも雇おうか、と彼は考え始めていた。
薄く目を開くと、小さな子どもがふたり明るい日差しの中で戯れている。向かいのベンチにはくたびれた老人が座り、彼が座るベンチの向こう端には、高校生ぐらいの少女がタウン誌をめくっていた。
彼女は〈街で見つけたおしゃれな女性〉という特集に見入っている。
ぼんやりと雑誌に目をやったとたん、晃聖はガバリと向きなおった。
蒼依?少女がページをめくろうとするのを、声をかけて止める。
「ごめん。ちょっと見せて」返事も聞かないうちにタウン誌を取りあげた。
粒子の荒い印刷の写真を、食い入るように見つめる。
見づらいが、友だちらしき人物と写っているのはまぎれもなく望月蒼依だった。友だちはこちらを見ているが、蒼依はカメラの存在にも気づいていない。でなければ、撮らせるはずがない。
写真の中の彼女はきれいだった。
だが実物に蒼依はもっと美しい。ここでは見えないすべてを俺は知っている。息づかいや匂いまでも忘れない。
「ちょっとー!」
苛立たしげな声に、晃聖は我に返った。
「ごめん、ごめん」素早く表紙を確認し、丁重にお礼を言って雑誌を返した。
これまでお預けを喰らい続けた欲求不満のエネルギーは凄まじく、このときを待ちかねていたかのように爆発した。当初の目的は忘れ去られ、書店を探して駆け出す。十分後には出版社からカメラマンの名前を聞き出し、夕方には本人を捉まえていた。
松崎というカメラマンは、くしゃくしゃの髪に顎ひげのいかした男だった。
晃聖は挨拶もそこそこにタウン誌を引っ張り出した。
「この女性なんですが……」蒼依を指し示す。
「彼女を捜しているんです。何か知っていたら、教えてもらえませんか?」
松崎は驚いたように顔をあげ、彼を凝視した。
「真崎さんと言いましたね?あなた、何者です?どうして彼女を捜しているんですか?」
綾に初めて会ったときの失敗を教訓に、今回は短気をおこすようなヘマはしなかった。
晃聖は身元を明かし、彼女と知り合いだった証拠として、いつも持ち歩いている河原で撮った写真を見せた。最後には会社に確認までしてもらい、自分の立場を明確にした。
「彼女は一年前、突然姿を消したんです。僕は心配で、ずっと捜していました」思い入れたっぷりに締めくくった。
「わかりました。実は、彼女の連絡先はわからないんです」
このときばかりは晃聖も怒りを抑えきれなかった。
「コケにして楽しんでたのか!?」
キザ野朗の顎を砕きたくなるのをかろうじて堪える。
松崎が飛びすざり、両手を前に突き出した。
「待ってください!そうじゃなくて、最後まで話しを聞いてくださいよ」
「こっちは真剣なんだ。真面目にやってほしいな」歯を食いしばったままうなった。
「彼女のことはよく覚えていますよ。モデルになってほしい、ってお願いしたくらいだから」
「断られただろ?」
それがこいつの手なのだ。晃聖は決め付けた。そうやって電話番号を訊き出す。うまくいけば、もっと先までいける。ホスト時代、何度かやった手だ。
「ええ。そのとき彼女が言ったんです。『ヤクザのひもに追われているから、目立つことはできない』って。笑って言うから、冗談だと思ったんだけど……」松崎は不吉に声を低めた。「実は、彼女のことを聞きに来たのはあなたで三人目なんですよ」
晃聖は眉をひそめた。
この一年の間に、彼女に何があったのだろう。まさか、知佳が先に蒼依を見つけ出して、何かしたんじゃ……。
晃聖はゾッとする想像を押しやり、先をうながした。
「そんなわけで、彼女の連絡先はわからなかったんだけど、ほら、こっちの彼女」友だちの方をを指差す。「彼女の仕事場ならわかりますよ。ふたり一緒にいたから、彼女だけ訊かないってわけにもいかないでしょう?彼女なら、何か知っているかもしれませんよ」